明石 その四
「我が光源氏様は帝王の住む九重の宮殿の奥深くに育てられ、様々な快楽をほしいままにし、得意になったとは言え、その深い仁慈は日本国中に残りなく行き渡り、悲境に沈んでいる人たちを、実に多く救い上げた。それなのに、今、何の報いで、こうした甚だ非道な波風に溺れ死ぬのだろうか。天地の神々よ、なにとぞ理非を明らかに示せ。罪なくして罪に問われ、官位を剥奪され除名の処分を受けた上、家を離れ、都を去って、明け暮れ心の休まる暇もなく嘆いているのに、まだその上、このような悲しい目に遭い、命も空しくなるというのは、前世の報いか、この世で犯した罪の罰か、神仏が明らかに照覧するならば、この悲嘆から救い、光源氏様を安泰にしたまえ」
と住吉神社の方角に向かって、色々な願をそれぞれに立て、光源氏も自分の願を立てた。
また海の中の竜王や、その他のよろずの神々にも願をたてさせると、雷はますます鳴り轟いて、光源氏の御座所に続いている廊下の屋根の上に落ちた。雷火が燃え上がって廊下の建物はたちまち焼けてしまった。
気も動転してしまって、人々は生きた心地もなく一人残らず、慌てふためいていた。
寝殿の後ろのほうにある台所のような建物に、光源氏を移した。そこへ身分の上下の区別もなく人々が逃げ込んでくる。ひどく騒々しく泣き叫ぶ声は、雷鳴にも劣らなかった。空は墨をすったように暗いまま、日も暮れてしまった。
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