明石 その三

 こうした天候のつづくうちに、世界は滅びてしまうのだろうかと思っていると、その翌日の明け方から、風が烈しく吹き荒れ、潮が高くさか巻き、波の音の荒々しさは、岩も山も打ち砕きそうな勢いだった。雷鳴が轟き、稲妻の光り走るさまは、何ともたとえようもなく、今にも頭上に落ちかかってくるかと思われた。その場にいる人という人は、誰一人として生きた心地がしなかった。



「自分はどんな罪を犯してこんな悲しい目にあうのだろうか。父母には会えず、いとしい妻や子の顔も見ないまま死ぬことになるとは」



 と嘆き悲しんだ。


 光源氏は心を落ち着けて、



「どれほどの過ちがあったとしても、こんな海辺で命を落とすことがあろうか」



 と気丈に考えるが、あまりまわりの者たちが恐れ騒ぎ立てるので、様々な色の幣帛を神に供え、



「住吉の明神さまよ、あなたはこの辺り一帯を鎮め護っていらっしゃいます。まことに御仏の現れました神ならば、どうかお助けくださいませ」



 と祈り、多くの大願を立てた。


 お供の人たちもそれぞれ、自分の命はさておき、こんなに尊い身分の上でありながら光源氏がまたとない災難で、海に沈み、命を落としそうなのがたまらなく悲しいので、気持ちを奮い立たせて、多少とも気持ちのしっかりしているものはみな、自分の身に代えても光源氏一人を救おうと、一緒になって大声でわめきながら神仏に祈った。

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