須磨 その四十四

 ようやく、ほうほうの態でどうにか光源氏は住まいまでたどり着いた。



「こんなひどい目にあったのは初めてだ。大風などが吹き出すときは、前にもその気配が前兆としてあるものだ。何という呆れかえった不気味な天気だろう」



 と皆々気も動転していると、雷はまだ鳴りやまず、ものすごい勢いで轟きわたる。雨足の当たっているところは地が抜けるかと思うほど、激しい音をたてながら降り続ける。このままでは、やがて世界が滅びてしまうのか、と人々は不安にただもう惑乱して生きた心地がしなかった。


 そんな中で光源氏は、静かに経をあげていた。



「たくさん立てた願のおかげなのだろう」


「もう少し、このままの調子だったら、我々は波に引かれて海に飲まれてしまっただろう。津波というのは、たちまち人の命を奪うものだと聞いていたが、本当にこんな恐ろしいことは初めての経験だ」



 と言い合った。


 明け方になって、みながようやく寝付いた。光源氏も少しうとうととしていたところ、何者ともわからない異形のものが現れ、



「どうして、宮からお召しがあるのに参上なさらないのか」



 と言いながら、辺りを探し歩いていた。そのうち光源氏は、はっと目が覚めた。さては海の中の竜王が、美しいものをたいそう好むというから、自分が魅入られたのだろう、と思うと、ぞっと気味が悪くなり、この住まいがたまらなく嫌になり、とてもここにはもう一刻も住みたくないという気持ちになるのだった。

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