須磨 その四十三

 三月の一日にめぐってきた巳の日に、



「今日こそ、このように心労のある人は、禊をするのがいい」



 と物知り顔に、生半可なことを言う人がいた。光源氏はそれを聞いて、海辺の景色も見たくなって外に出て行った。


 ごく簡略に幕だけを海辺にめぐらして、この攝津の国に通ってきた陰陽師を呼び、お祓いをさせた。


 舟に大げさな人形を載せて、海に流すのを見るのにつけて、人形がわが身のように思い、




 知らざりし大海の原に流れ来て

 ひとかたにやはものは悲しき




 と言って座っている様子は、晴れやかな海辺の景色の中に、たとえようもなく美しく見えるのだった。


 海原はうらうらと凪ぎわたって果てしもなく見えるのに、光源氏は来し方行く末のことを次々と思い出し、




 八百よろず神もあはれと思ふらむ

 犯せる罪のそれとなければ




 と歌うと、にわかに風が吹き始め、あっという間もなく海も空も真っ暗にとざされた。お祓いをするどころではなく、人々は慌てふためく。肘笠雨という激しいにわか雨が振りだして、とてもじっとしていられないので、光源氏も一同と一緒に帰ろうとするのだが、笠を被る暇もなかった。


 まったく思いがけない悪天候に急変して、突風が何もかも吹き飛ばし、たちまち未曾有の暴風になった。


 海はこの上もなく荒らしく波立ってきて、人々は恐怖で足も地に着かない有様だ。海面はまるで夜具をひろげたように盛り上がり、稲妻が光り走り、雷鳴が鳴りとどろき、今にも雷が落ちかかっきそうな気持ちがするのだった。

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