須磨 その二十七

 そう言えば、つい何かと騒がしかったことに取り紛れて、話し落としていた。あの伊勢の斎宮にも、手紙を届けに使いを出した。六条御息所からもわざわざ見舞いの使いが須磨に来た。手紙とは何かと細々浅からぬ六条御息所の気持ちが書いてあった。文面や筆使いなどは、誰よりもすぐれてしっとりと優美で、嗜み深さがしのばれるのだった。



「今だにやはり、現実のことは思えないそちらの住まいの様子を承るにつけても、明けやらぬ夜の闇に迷っている悪夢のように思われます。それにいたしましても、こういう暮らしはそれほど長い年月のことではないだろうと、推察申し上げます。それでもただ罪深い私ばかりは、また再びお目にかかれますのは、はるか先のことでございましょう




 うきめ刈る伊勢をの海人を思ひやれ

 藻塩垂るてふ須磨の浦にて




 あらゆることに、心を悩まされることが多い、この頃の世の有様も、行く末はどうなりますことやら」



 などと、細々と書き綴られていた。




 伊勢島や潮干の潟にあさりても

 いふかひなきはわが身なりけり




 しみじみと悲しく思いつづられるままに、書いては悩み、休んでは書き続けた六条御息所の手紙は、白い唐の紙四、五枚ばかり巻き続けて、墨の濃淡の風情なども見事なものだった。


 この方こそ、もともと慕っていたのに、あのたったひとつの出来事で、忌まわしく思い込んでしまった心得違いから、六条御息所のほうでも情けなく思い、自分から別れていったのだと思い出した。


 今になってもしみじみといたわしく、光源氏は気の毒なことをしたと申しわけなく思っている。こういう気持ちのところに届いた六条御息所からの手紙で、それがいかにも情趣深く書かれていたので、光源氏は手紙の使いのものまで親しく思い、二、三日須磨に留め、伊勢の話などをさせて、聞くのだった。使いは若々しく趣のある侍なのだった。このようにいたわしい住まいなので、こういう身分のものでも、自然と側まで近寄り、ほのかに拝した光源氏の、世にも稀な姿に感動の涙を流すのだった。

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