須磨 その二十六

 朧月夜からの返事には、




 浦に焚く海人だにつつむ恋なれば

 くゆるけぶりよ行くかたぞなき




「今更申し上げるまでもないことの数々、とても筆にはできません」



 とだけの、短い文面で、中納言の君の手紙の中に一緒に入っていた。中納言の手紙には朧月夜が悲しみに沈んでいる様子などが、細々としたためられていた。光源氏は朧月夜をいとしいとも哀れとも思うことが多くて、つい涙があふれるのだった。


 紫の上からの手紙は、とりわけこまやかな心を込めた光源氏の手紙への返事だったので、心にしみることが多く、




 浦人の潮汲む袖にくらべ見よ

 波路へだつる夜の衣を




 と詠っている。歌とともにお見舞いに送られてきた夜具や衣裳の染め色や、仕立て方なども、とても綺麗に立派に仕上がっていた。


 紫の上が、何事にもよらず器用だったのが、理想通りの人なので、本来なら今は余計なことにあくせくせず、他の女に逢うこともなく、二人でしっとりと仲睦まじく暮らしていられたはずなのに、と思った。それにつけても今の境遇がとても口惜しく、夜も昼も紫の上の面影が目に浮かんで、切ないほど思い出す。やはりこっそりこちらに呼ぼうかと迷うこともあった。それでもまた思い直し、



「いやいやどうしてそんなことができよう。この辛いうとましい世に、せめて前世からの罪障を少しでも減らさねば」



 と考えるので、そのまま仏道の精進に入り、明け暮れ勤行に打ち込んでいるのだった。他に左大臣家からの返事に、夕霧のことなどが書かれているので、とても悲しいのだが、



「そのうちいつか自然に再会の日も訪れるだろう。今は頼りになる方々があの子を守ってくださるので、心配することはない」



 と考えているのは、かえって親子の恩愛については、惑うこともないのだろうか。

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