須磨 その十六

 有明の月の光を待って御陵に出かけた。


 お供はただ五、六人ほどで、下人も、ごく親しいものだけを連れて、馬で出かける。


 今更言うまでもないことだが、昔の全盛の頃の外出の華やかさとうって変わった淋しさだった。


 家来たちはみな、それをとても悲しく思うのだった。


 あの賀茂の御禊の日、臨時の随身になり仕えた右近の将監の蔵人が、光源氏の側近と見られ、当然の位の昇進にも外れてしまい、とうとう殿上の御簡からも名を除かれ、官職まで召し上げられ、世間に面目もないので、須磨にお供していく人数の中に入っていた。


 下鴨神社が見渡せるところを通りかかったとき、ふと御禊の日が思い出されて、この男は馬から降りて光源氏の乗馬の口を取り、




 引き連れて葵かざしそのかみを

 思へばつらし賀茂の瑞垣




 と言うので、光源氏は、



「本当に、この男は、どんな思いでいることか。あのときは誰よりも華やかにしていたのに」



 光源氏も馬から降りて、はるか下鴨神社のほうを拝み、神に暇乞いを言った。




 憂き世を今ぞ別るるとどまらむ

 名をばただすの神にまかせて




 と言う様子を、右近の将監は感激し易い若者なので、しみじみと身にしみて何という立派さと見上げるのだった。

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