須磨 その十五
明日はいよいよ出立という日の暮れに、桐壺院の陵に参拝しようとして、北山へ出かけた。
暁にかけて月の出る頃なので、まず藤壺の宮のところへ伺う。
藤壺の宮は側に近い御簾の前に、光源氏の御座所を用意して、取次ぎなしに自身が話した。
東宮のことが、この上なく気がかりだと言う。お互いに深い心を秘めあった二人の話は、さぞかし感慨無量のことが色々多かったことだろう。
藤壺の宮の気配が、落飾以前のままに、優しく美しく感じるにつけて、光源氏はつれなかったこれまでの藤壺の宮の態度の恨めしさも、それとなく訴えたい気持ちもあったけれど、そんなことを言ったら、藤壺の宮は、今更に疎ましく思うだろうし、自分としても、口にしたらかえって、心がより以上乱れるに違いない、と思い返して、ただ、
「このように思いもかけない罪に問われるにつけましても、胸に思い当たる唯一つの、あのことだけが、空恐ろしくなります。惜しくもないこの命を投げ出しましても、せめて東宮の御代のいや栄さえご安泰であられますなら」
とだけ言うのも、ごもっともなことだった。
藤壺の宮も、全て思い当たることなので、心が波立つばかりで、返事もできない。
あれもこれも一挙に思い出し、光源氏の、泣く姿が、言いようもなく優艶で美しい。
「これからお山の御陵に参拝しますが、お言伝は」
と言うと、藤壺の宮は、しばらくものも言わず、切ない心をじっと抑えている様子だった。
見しはなくあるは悲しき世のはてを
そむきしかひもなくなくぞふる
二人とも、たとえようもない悲しみに、心が乱れているので、胸に積もりあふれる想いを到底言葉にはつづけになれなかった。
別れしに悲しきことは尽きにしを
またぞこの世の憂さはまされる
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