須磨 その十四

 あの朧月夜のところにも、無理な手立てをして別れの手紙を届けた。



「あなたからの何のお見舞いの言葉もいただけないのも、無理もないことと存じますものの、今はこれまで、とこの世をあきらめて都を離れる苦しさも恨めしさも、この上もなく辛いものに思われます。




 逢ふ瀬なきなみだの川に沈みしや

 流るるみをのはじめなりけむ




 と思い出され、あなたを思いきれないことだけが、わたしの罪として逃れようもないのです」



 文使いの運ぶ途中も危険なので、詳しくは書かない。朧月夜もたまらなく悲しくて、こらえてもこらえても、涙が袖で拭いきれないほどあふれてくるのだった。




 涙川うかぶみなわも消えぬべし

 流れて後の瀬をも待たずて




 泣く泣く書いた乱れた筆跡が、しみじみ美しいのだった。光源氏はせめてもう一度だけ逢えないだろうか、このまま逢えずに別れて行くのだろうか、と残念でならなかった。


 それでも考え直し、光源氏を憎んでいる右大臣家のたくさんの一族の中に縁の人々が多い中で、朧月夜だけは、ひとり孤独に耐えているのがわかるので、その立場を察し、それ以上無理をしてまで逢おうという便りを出さなかった。

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