賢木 その三十六
解けはじめた池の薄氷や、岸の柳の芽吹きそめた自然の兆しだけは、今まで通り季節を忘れずにいるものよ、とさまざまな感慨に心をとらわれるのだった。
〈むべも心あるあまは住みけり〉
とひそやかに口ずさむのが、またこの上なく優雅な姿と見えた。
ながめ刈る海人のすみかと見るからに
まづしほたるる松が浦島
と言うと、それほど奥深くもない部屋のほとんどを、御仏の場所に譲った今の御座所なので、前よりは少し身近にいる感じがして、
ありし世のなごりだになき浦島に
立ち寄る波のめづらしきかな
と言う藤壺の宮の声も、ほのかに聞こえてくるので、光源氏はこらえきれずにほろほろと涙をこぼした。世を捨て悟りすました女房の尼君たちが、それを見ているだろうと思うのも恥ずかしいので、光源氏は言葉少なに引き上げていった。
「さてまあ、年につれていよいよたぐいまれなくご立派におなりですこと。何の不足もなく、世に栄えてときめいていらっしゃった頃は、ただもうお一人天下でいらっしゃって、どうして、この人生の機微がおわかりになるだろうか、と拝察されましたけれど、今ではすっかり思慮が深く落ち着かれて、些細なことにつけても、しっとりとしたあわれ深い感じまで添ってこられたのは、こうしたときであるだけに何だかおいたわしく思われますね」
などと、年取った尼たちは泣きながら、光源氏を誉めそやしている。藤壺の宮も、いろいろと思い出すことがたくさんあるのだった。
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