賢木 その三十七

 春の司召しの頃になった。ところがこの三条の宮に仕える人々は、当然もらえるはずの官職も与えられず、普通の筋道から言っても、また、中宮の年給としても、必ずあるはずの位階昇進などさえ見過ごされたりして、がっかりして嘆くものがたくさんいた。


 藤壺の宮が出家した場合でも、早々と中宮の位が廃されたり、御封などが停止されるというはずはないのに、出家にかこつけて、ずいぶんと待遇に変化があらわれた。それもこれも藤壺の宮にとっては、前々から執着を捨てきっている俗世のことだが、仕える人々が、暮らしの頼りを失ったように悲しんでいる様子を見ると、気分が害すことも多々あった。けれどもともかく自分の身を犠牲にしても、わが子東宮の即位さえ無事に遂げられれば、とそればかり念じ、ひたすら仏道の勤めに励んでいるのだった。


 心のうちでは、東宮の前途について、危険な不吉なことが起こりそうな、不安な予感がすることもあるので、出家した自分に免じて、あの東宮の出生の罪障を軽くしてお赦しください、と御仏に祈っては、すべての不安も辛さも慰めていた。


 光源氏も、藤壺の宮の心のうちを、充分拝察して、ごもっともなことと考える。光源氏の邸に仕える人々も、藤壺の宮家の人々と同様に、辛い待遇ばかり受けているので、光源氏は世の中に嫌気が差して、近頃ではすっかり引きこもっていた。


 左大臣も、公私ともに打って変わった世の有様に、気がふれて、辞職の表を出したが、帝は亡き桐壷院が、この左大臣を格別に大事な後見と思い、末永く国家の柱石にするように遺言していたことを考えると、左大臣を手放し難く思う。とても辞職など許すことはできない、と度々の申し出も取り上げなかった。それを左大臣は、強いて辞退して、とうとう引退したのだった。

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