賢木 その三十三
亡き桐壷院の御子たちは、昔の藤壺の宮の栄華のさまを思い出すにつけても、ますます気の毒で、あわれに悲しく思い、誰もが慰問を申し上げた。
光源氏はその場に残り、申し上げる言葉もなく、ただもう茫然と、なすすべも知らず途方に暮れていた。あまり取り乱しては、どうしてそれほど悲しむのか、と周りの人に怪しまれるかもしれなかったので、兵部卿の宮などが退出した後で、一人藤壺の宮の前に行った。
ようやく人の気配も静まって、女房たちが、鼻をかみながら、あちこちに群れ集まっていた。折から月は隈なく照り渡り、月光が雪に照り映えている庭の景色を見るにつけても、亡き桐壷院がいた頃の昔が偲ばれるので、光源氏はたまらなく悲しくなった。強いて何とか心を静め、
「いったい、どのような考えがあって、こうも急な発心を」
と言った。藤壺の宮は、
「今初めて思い立ったことでもございませんけれど、事前に発表すれば人々が騒ぎ出しそうな様子でしたから、つい、覚悟もゆらぎはしないかと思って」
などと、いつものように王命婦を通して言った。御簾の中では、大勢集まり控えている女房たちが、つとめてひそやかに身じろぎしながらたてるかすかな衣擦れの音などの気配が、悲しさをこらえかねているように、しめやかに漏れ聞こえてくるのが、いかにももっともなことと心にしみて、光源氏はひとしお哀れ深く聞くのだった。
風が激しく吹きすさみ、御簾のうちには薫きしめられた奥ゆかしい黒方の香の匂いがしみわたり、それに仏前に供えた名香の匂いもほのかに漂ってくる。さらに、光源氏の召物にたきしめた香の匂いまで薫り合って、極楽浄土の様子まで思いやられる結構な今夜の雰囲気なのだった。
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