賢木 その三十二

 今日の講師は、特別に高僧を選んだので、<薪こる>の声明を唱える行道のあたりからはじめ、声を揃えて声明をあげる僧たちの言葉も、特に尊く聞こえた。


 親王たちもさまざまな供物を捧げて行道するが、光源氏の趣向などは、とりわけすぐれていて、他に比べようがなかった。


 いつも同じ光源氏礼賛ばかり繰り返しているようだが、会うたび毎に素晴らしいきわみなので、どうにもいたし方がないのだ。


 最後の日は、藤壺の宮自身の祈願と立願をし、落飾するのを、導師の僧から御仏に申し上げた。


 それを聞いた人々は、誰も彼も驚愕した。兵部卿の宮や光源氏の心も動転し、これはいったいどうしたことか、と茫然自失する。


 兵部卿の宮は、法会の途中で座を立ち、御簾のうちの藤壺の宮の御座所に入った。藤壺の宮は、固い決意の程を心強く告げ、法要が終わる頃に、比叡山の座主を呼び、戒を受ける由を言った。


 伯父の横川の僧都が、側近くまでよって、髪を削ぐときには、御殿のうちがどよめいて、不吉なまでに泣き声が満ち渡った。どうという身分でもない老い衰えたものでさえ、いよいよこれから出家しようというときには、何とも言えず悲しくなるものだが、まして女盛りの藤壺の宮は、これまでおくびにも気配を示さなかったのだから、兄の兵部卿の宮もとても泣いた。


 そこに参会していた人々も、この法会のすべてに感動して尊く感じていた折柄なので、尚更、落飾の衝撃で、みな涙に袖を濡らして帰るのだった。

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