賢木 その十九

 藤壺の宮は心の底からつくづく厭わしく思い、一言も答えない。ただ、



「気分がとても悪いものですから、こんなふうでないときにでも、お話いたしましょう」



 と言うけれど、光源氏は、耳を貸さずひたすら自身の尽きない恋の思いのたけを言い募るばかりだった。その中には、さすがに藤壺の宮の胸にしみて心を打たれることもあっただろう。


 かつて、ふたりの間にそうした秘密がまったくなかったわけではないけれど、今またこうなって、過ちを繰り返すことになれば、藤壺の宮はたまらなく口惜しく思うので、やさしく情の深い風情を見せながらも、うまく言い逃れて今宵もようやく明けていくのだった。


 光源氏も無理強いに言葉に逆らうのも畏れ多く、藤壺の宮の気高い態度に、さすがに恥ずかしくなり、



「せめて、ただこんなふうにでも、時々お目にかからせていただき、切ないこの悲しみさえ晴らすことができますなら、どうして大それた料簡など起こしましょう」



 などと、油断をさせるようなことを言うのだった。ありふれたことでも、この二人のような仲では、胸にせまるような切なさもひとしおまさるようなのに、まして今夜のような場合は、たとえようもなく哀切な気持ちなのだった。

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