賢木 その二十

 夜が明け果ててしまったので、王命婦と弁の二人がかりで、早く帰っていただかないと、大変なことになります、ときつく諌めた。一方、藤壺の宮は、半ば死んだような様子なのだが、光源氏がいたわしくてならず、



「こんな目にあいながら、まだこの世に生きながらえているのかと、耳に入るのも、たまらなく恥ずかしいので、このまま死んでしまいたいのですが、それもまた、来世の罪障となることでしょう」



 などと言って、恐ろしいほどに思いつめている。




 逢うことのかたきを今日に限らずは

 今いく世をかなげきつつ経む




「この私の執念が、あなたの来世のお障りにもなることでしょう」

 と言うと、藤壺の宮はさすがにため息をついて、




 ながき世のうらみを人に残しても

 かつは心をあだと知らなむ




 と何気ないふうに、取り繕っている様子には、言いようもなく心がひかれるけれど、藤壺の宮が今、どう思っているのか遠慮もされ、また自身にとってもそこにいるのはあまりに辛いので、夢うつつのような気持ちのまま、呆然と帰っていった。



「何の面目あって、ふたたび藤壺の宮におめにかかれよう。せめて藤壺の宮が自分を不憫な目にあわせたと、さとってくださるように」



 と考え、それ以来わざと手紙を送らず、その後はふっつりと、宮中にも東宮御所にも参上しない。


 光源氏はずっと二条の院に籠もって、寝ても覚めても、何というつれない藤壺の宮の心だろうか、とひたすら恋しく悲しがっていた。傍目にも見苦しいほどに苦しみをこらえられず、魂も抜け失せてしまったのだろうか、すっかり病人のようになっているのだった。ただひたすら心細くて、



「なぜまだこうして生きているのか、この憂き世に永らえればこそ、苦悩も増すばかりなのだ。今こそ出家しよう」



 と思い立つものの、紫の上がたいそういじらしい様子で、心から光源氏に頼り切っているのを、振り捨てて出家することは、とても難しいことなのだった。

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