賢木 その十八

 ここ何年かは、少しは藤壺の宮への切ない思いを紫の上で紛らわしていたのだが、呆れるばかり二人がよく似ているのを見るにつけても、光源氏は、あの紫の上がいるのが、少しは物思いを晴らすよすがになるような気持ちがした。


 藤壺の宮のあくまで典雅な、気後れするような美しさなども、まるで二人が別人のように思えないのだが、やはり久しい以前から、深く恋い慕ってきた心が、そう思わせるのだろうか、この藤壺の宮のほうが、格別に美しく、年とともに貫禄もついてきて、女ざかりの美しさは、他に比べるものもない素晴らしさだと思う。


 するとまたもや、心が惑乱してきて前後の見境もなく、そうっと御帳にからまるようにして中に入ってしまった。


 自分の召物の褄をそっと引き、衣擦れの音を立てた。たちまち光源氏だと明らかにわかる芳香が、さっとあたりに匂いわたったので、藤壺の宮は呆れて気味が悪く恐ろしくなって、そのままその場にうつ伏せになった。



「せめてこちらをお向きください」



 と光源氏は辛く恨めしい思いで体を引き寄せると、藤壺の宮は召物をするりと脱ぎ滑らせ、膝をついたまま逃げてしまった。


 ところが思いがけず、光源氏の手の中に、召物と一緒に黒髪までしっかりと握られていたので、逃げられない宿縁の深さが今更思い知らされて悲しく、つくづく情けない思いになった。


 光源氏もこれまでの長い年月、こらえにこらえてきた恋情が一挙に堰を切り、すっかり惑乱する。まるで正気を失ったように、この悲恋の切なさと、恨みのありったけを、泣く泣く訴えるのだった。

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