賢木 その十七

 藤壺の宮の病気に驚いて、女房たちが駆けつけ、慌しくしきりに出入りするので、光源氏は我を忘れて呆然としている間に、塗籠の部屋に押し込められた。光源氏の脱ぎ捨てた召物を取り集めて隠し持っている王命婦や弁も、気が気ではなかった。


 藤壺の宮は、何もかもがあまりにも辛いと思いつめていたので、心気がのぼせ、いっそう苦しんだ。


 兄の兵部卿の宮や中宮の大夫などが参上して、加持祈祷のために、



「僧を早く呼びなさい」



 などと騒いでいるのを、光源氏塗籠の中で、とてもやるせない思いで聞いていた。ようようのことで、日の暮れかかる頃、藤壺の宮の容態は、落ち着いてきた。


 光源氏がまさかこうして塗籠の中にいるとは、藤壺の宮は思いもよらず、女房たちも、二度と心を乱すまいとして、これこれの次第ですとも、言わなかったのだろう。やがて、藤壺の宮は昼の御座所ににじり出てきた。


 気分がよくなったようなので、兵部卿の宮も退出し、藤壺の宮の御前も人が少なくなった。


 いつも身近に使っている女房は少ないのだが、それでもそこやここの几帳や屏風のかげなどに身を隠して控えている。王命婦などは、



「どう工夫して光源氏様を塗籠から出せばいいのかしら。今夜もまた、藤壺の宮様がのぼせになるといたわしくて」



 など、弁とひそひそ囁きあっていた。


 光源氏は塗籠の戸が細目にあいていたのを、そうっと押し開け、屏風の立っている隙間をつたって部屋に入った。


 昼の光の中で逢うのが珍しく、嬉しさにあふれ出る涙の中から、藤壺の宮の姿を拝見するのだった。藤壺の宮が、



「ああ、まだ、とても苦しい。もう私の命はおしまいなのかしら」



 と言って、外のほうを眺めている横顔は、言いようもなくなまめかしく見える。



「せめて果物だけでも」



 と女房たちがさし上げる。箱の蓋に、さもおいしそうに盛られた果物に、藤壺の宮は見向きもしなかった。


 光源氏との仲を、とても思い悩んでいる様子で、ひっそりと物思いに沈んでいる姿が、とても痛々しく見えた。髪の生え際や、頭の形、肩や背に黒髪がふりかかった様子や、この上もない匂いや美しさなど、ただもう、あの西の対の紫の上と、そっくりなのだった。

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