賢木 その十六

 こうしたことがあるにつけても、自分を寄せ付けずどこまでも冷たくする藤壺の宮の心を、光源氏は心の一方では立派だと感心するのだった。けれどもまた、一方の身勝手な気持ちからすれば、やはり辛く、恨めしく思うことが多い。藤壺の宮は、この頃中宮に行くのは、若いときに初めて入内した頃のように面映く、気詰まりしたように感じられて、つい参内を怠り、久しく東宮にあっていないことを、気がかりにも心許なくも思っている。他に頼りにできる人もいないので、ひたすら光源氏だけを、何かにつけて頼りにした。


 しかし、光源氏はまだあの困った執着心が消えていないので、藤壺の宮は、ともすれば胸のつぶれる思いをすることがあった。亡き桐壷院が、少しもこの秘密に気づかないまま、亡くなったことを思うのさえ、空恐ろしいのに、今更また、二人の間にそうした噂がたったなら、自分の身はどうなってもいいとしても、東宮のために、きっと不吉なことがおきるだろうと心配する。もしそうなれば本当に恐ろしいので、祈祷までさせて、光源氏にこの恋をあきらめてもらおうとして、思いつく限りの手を尽くして、避けていた。


 それなのにどうした折をとらえるのか、思いもかけず、光源氏は藤壺の宮の側まで忍んできたのだった。慎重に計画してのことだったので、それに気づいた女房もいなくて、儚い逢瀬をただ夢のように思った。


 光源氏は筆には書き尽せないほど、切々と思いのたけを訴えるけれど、藤壺の宮はいよいよこの上もなく冷たくあしらい、しまいには胸がたいそう刺し込まれ、たまらなく苦しんだ。側に控えていた王命婦や弁が、いたましさに驚きあわてて介抱した。


 光源氏はあまりな藤壺の宮のつれなさを、情けなく恨めしいと、限りなく嘆き、過去も未来も、ただもう真っ暗なような気がして、理性も失ってしまったので、夜もすっかり明けきったのに、その部屋から出ようともしなかった。

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