賢木 その三

 幾月にもわたるご無沙汰を、もっともらしく言い訳するのも、気恥ずかしいので、光源氏は榊を少し折って手に持っていたのを、御簾の中に差し入れて、



「この榊の葉の色のように、変わらぬ心に導かれて、神の斎垣も越えてまいりました。それなのに、何とつめたい扱いでしょうか」



 と言うと、




 神垣はしるしの杉もなきものを

 いかにまがへて折れる榊ぞ




 と六条御息所は答えた。光源氏は、




 乙女子があたりと思へば榊葉の

 香をなつかしみとめてこそ折れ




 と言って、あたり一帯の神域らしい雰囲気に憚られたが、それでも御簾をひきかぶるようにして、半身を内に入れ、長押に寄りかかっていた。


 思いのままにいつでも逢うことができ、また、六条御息所からも恋慕われていた昔の歳月は、光源氏の方では安心しきってゆったり構え、自信たっぷりでいられたため、それほど切なく恋焦がれることはなかった。また、内心、何としたことか、六条御息所には思わぬ欠点のあることを発見してからは、次第に恋心も冷めてゆき、ふたりの仲もこれほどまでに隔てってしまった。


 久々の今夜の逢瀬が、昔を思い起こさせるので、光源氏はたまらなく切なくなり、心も限りなく乱れるのだった。来し方行く末を思い続け、心弱く泣いた。


 六条御息所は、それほど悩んでいるようには見られまい、として気持ちを押し隠しているが、どうしても隠し切れない様子を見て、光源氏はますます気の毒にも辛くなり、伊勢下向は、やはり思いとどまるように勧めた。


 月も入ったのだろうか。物思いをそそる空を眺めながら、光源氏が切々とかき口説くのを聞いていると、六条御息所はこの年月胸にたまりにたまっていた恨みも、辛さも、たちまち消えたことだろう。さんざん悩みぬいた末に、ようやく今度こそは、と未練を断ち切ったのに、やはり逢えば、予感した通り、かえって決心も鈍り、心が乱れ迷うのだった。

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