賢木 その二

 北の対屋の程よいところに隠れて立ち、来訪の旨を伝えると、楽の音がすっとやんで、女房たちの奥ゆかしい衣擦れの音や、衣裳にたきこめた香の揺れ動く匂いなどがいろいろと伝わってきた。


 何かと女房たちの取次ぎばかりで、六条御息所は一向に対面してくれそうにないので、光源氏はとても気落ちして、



「こういう軽々しい外出も、今では不釣合いな立場になっておりますのを、お察しくださるならば、こんなふうに他人行儀なよそよそしい扱いはなさらないでください。胸につまったわだかまりも、お話して晴らしたく思いますのに」



 と心から言うと、女房たちは、



「ほんとうに、とてもおいたわしくて見ていられませんわ。あんなところに立ちあぐねていらっしゃいますのに。お気の毒で」



 などと取り成すので、六条御息所は、



「さて、どうしたものかしら。この女房たちの手前も見苦しいし、斎宮が聞きになったら、年甲斐もなく浅慮な振る舞いとお思いになるだろう。かといってこちらから端近に出て行ってお逢いするのも、今更気恥ずかしいことだし」



 とあれこれ迷っていると、ますます気が進まないのだが、冷たく突き放すほどの気の強さもなかったので、迷いぬき、ため息とともに、ためらいながらにじり寄ってきた。その気配がこの上なく奥ゆかしく伝わってきた。



「こちらでは、縁先に上がるくらいはお許しいただけますでしょうか」



 と、光源氏は、上がって座った。折からはなやかにさし昇ってきた夕日の光に、光源氏の立ち居の身のこなしが照らし出されて、その気品と美しさは比べるものがなかった。

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