賢木 その二

 はるばると広い嵯峨野に草分けて入ると、しみじみともののあわれな風情が漂っていた。秋の花はみなしおれ、浅茅が原も枯れ枯れに淋しく、弱弱しい虫の声に、松風が淋しく吹き添えて、何の曲とも聞き分けられないほど、かすかな琴の音色が絶え絶えに伝わってくるのが、言いようもなく優艶だった。


 親しく仕えている前駆の者十人余り、随身なども物々しい装いではなく、とても忍んでいるが、ことのほか装った光源氏の姿が、とても立派に見えるので、お供の風流者たちは、さらに嵯峨野という、趣深い場所柄も相まって、いっそう身にしみじみと感じ入るのだった。


 光源氏も、どうして今まで度々訪れなかったのだろう、と空しく過ぎてきたこれまでの日々を口惜しく思った。


 わびしげな形ばかりの小柴垣を外囲いにして、中に板屋があちこちに見えるのが、仮普請のようだった。黒木の鳥居のいくつかが、さすがに場所柄のせいか神々しく見渡されて、恋のための訪れは気が引けるような雰囲気だった。神官たちが、庭のそこ、ここに立っていて、咳払いしながら、お互いに何か話し合っている気配なども、重々しく感じられて、一般の場所とは変わった雰囲気に見えた。火焚屋だけにほのかに灯火が光り、人気が少なくひっそりとしていた。


 ここに憂愁に沈んだ六条御息所が、長い月日過ごしてきたのか、と思いやると、光源氏はたまらないほど切なく、六条御息所がいたわしく思うのだった。

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