葵 その三十四

 辺りを見回してみると、几帳の後ろ、襖の向こうなどの開け放たれたあたりに、女房たちが三十人ばかり身を寄せ合うようにしている。濃いのや薄いのやさまざまな鈍色の衣裳を着て、皆たいそう心細そうに、涙に沈みながらしおれきって集まっていた。それを見ると、光源氏は、ほんとうに可哀想に、と同情する。左大臣は、



「見捨てるはずはない若君、夕霧も、ここには残しているのだから、いくらなんでも、ついでのときは立ち寄らないはずはないなど、自分で慰めているのだが、ただもう分別もない女房などはこの邸を、今日限りに見捨ててしまう古里のように、悲観してしまっている。故人との永の別れの悲しみよりも、ただ折りにふれて親しくお仕えした歳月が、これですっかり跡形もなく消え去るであろうと、女房たちが嘆き悲しんでいるのも、もっともなことだ。ついにこれまでも、ゆっくりと打ち解けて、この邸においでくださることはなかったが、それでもいつかは、とあてにならないことを頼みにしていたのに、ほんとうに、心細い夕べとなった」



 と言うのにつけても、また泣くのだった。光源氏は、



「それはどなたもあまりにも浅はかなご心配です。まず、さしあたって葵の上がどんなに冷たくても、そのうちにわかってくれるだろう、と暢気に構えていた間は、自然、ご無沙汰がちなこともありました。しかし、今となっては、かえって何を理由にしてご無沙汰することができましょう。そのうち、きっと私の気持ちもおわかりいただけるでしょう」



 と言って、出かけるのを、左大臣は見送ってから、光源氏の部屋に戻った。部屋は調度や装飾をはじめとして、何一つ昔と変わることはないが、住む人のいなくなった部屋は、空蝉のようにうつろな、淋しい感じがする。

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