葵 その三十三

 大臣も大宮も今日の有様に、また嘆きを新たにする。光源氏は大宮に挨拶の手紙を送った。



「桐壷院よりどうしているかと心配の言葉をいただきましたので、今日は、院の御所へと参ろうかと思います。ほんのしばらく外出するにつけても、よくも今日まで生きながらえたものよと、ただもう悲しみがこみあげてまいり、心も千々に乱れます。ご挨拶申し上げますのも、かえって悲しいですから、そちらへは参上いたしません」



 とあるので、大宮は悲しみが増して涙にかきくれて目もみえないで沈みこんで、返事も書かなかった。左大臣だけ、早速こちらに来た。左大臣は、悲しみに耐え切れなさそうに、袖を目から離さない。それを見ている女房たちも、たまらなく悲しい思いをしていた。


 光源氏は、人の世の儚さについて、それからそれへと考えては様々な感慨に泣く姿が、しみじみとあわれに深い誠意のこもった様子に見えながら、さすがに優雅で美しい姿をしている。


 左大臣はしばらくして、ようやく涙をおさめて、



「年をとると、それほどのことではなくても涙もろくなるのに、ましてこの度は、涙の乾くいとまもないほど惑う心を、とても静めかねる。人にみられてもいかにもだらしがなく、意気地がないように思われそうで、院などにも、とても参上することが出来ない。ことのついでに、どうか、そのようなわけを言って、取り成してくれ。余命幾ばくもない老いの果てに、子に先立たれ捨てられたのが、とても辛くて仕方がない」



 と無理に気を静めている様子が、とても苦しそうだった。


 光源氏もたびたび涙につまる鼻をかみ、



「後れたり先立ったりする人の命の定めなさは、世のならいと言いながら、さしあたってわが身の上にそれがおこった心の惑乱は、たとえようもない。桐壷院にもこのことを言いましたら、推量してくれることでしょう」


 と言った。左大臣は、



「それでは、時雨も止む間もなく降り続きそうですから、暮れないうちに」



 とせかせたのだった。

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