花宴 その六

 二条の院の紫の上も、どんなに淋しがっていることか。もう幾日もあっていないから、さぞふさぎこんでいることだろう、といじらしく思っている。


 あの時の逢瀬の証拠の扇は、桜の三重がさねで、色の濃いほうに霞んだ月が描いてあり、それが水に映っている図柄は、よくある平凡なものだけれども、持ち主のたしなみが懐かしくしのばれるほど使い込んであった。


 朧月夜が「草の原をば問はじとや思ふ」と詠んだ面影ばかりが、しきりに心にかかる。




 世に知らぬここちこそすれ有明の

 月のゆくへを空へまがへて




 と扇に書き付けて、傍らに置いた。




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 左大臣家にも久しくご無沙汰してしまったと思うのだけれども、紫の上のことも気がかりなので、慰めてあげようと、二条の院に立ち寄った。


 紫の上は見るたびにとても可愛らしく成長し、愛嬌もあり、才気のあふれた性質は特に際立っている。何一つ不足な点がないように、自分の思い通りに教育するには、うってつけの人なのだろう。とは言っても、男が行う躾けなのだから、男馴れしたところが少し混じりはしないか、と気がかりなこともないではなかった。


 留守にしていた間中の話をしてあげたり、琴などを教えて日を暮らす。


 夕方になってから光源氏が出かけるのを、紫の上はまたいつものように恨めしく思う。


 それでも近頃は、すっかり躾け馴らされ、前のように聞き分けもなく後を追い慕ったりしないのだった。

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