花宴 その五

 光源氏は部屋に入ってやすもうとしたが、眠ることができない。



「本当に美しい人だったなぁ。きっと弘徽殿の女御の妹の一人なのだろう。まだいかにも情事に初心なところがあったのをみると、五の君か六の君なのだろう。六の君は右大臣が東宮に差し上げようとのおつもりらしいが、もしあの人が六の君なら、気の毒なことをしてしまったものだ。色々手を尽くして詮索してみても、あの人がどの姫君か、紛らわしくて見当もつかないことだろう。それにしても、あれっきりにしようとは思っていない感じに見えたが、どうして便りをする方法も教えずに別れてしまったのだろう」



 などと、あれこれ思い巡らすのも、朧月夜によほど心が惹かれているからなのだろう。


 こういうことがあるにつけても、



「何よりもまず、藤壺の辺りの風紀は、この上もなく厳重で、近づきがたかったことよ」



 と、世にもたぐいない嗜みのことを、つい弘徽殿のだらしなさと比較するのだった。


 その日は大きな宴会の後につづくきまりの小宴会があり、光源氏はそれに紛れて過ごしていた。光源氏は筝の琴を宴会で弾いたのだった。昨日の宴より、今日の宴のほうが風流で面白みがある。


 藤壺の宮は暁に上の局に上がっていった。


 光源氏はこの有明月の中で逢った方が退出されないか、気もそぞろに万事抜かりない良清や惟光をつけて、見張りをさせていた。


 光源氏が帝の御前から退ってくると、惟光たちが、



「たったいま、北の門から、今まで物陰に隠してあった車が何台か退出していきました。おそらく、弘徽殿からの退出の車だと思います。いかにも高貴な方々らしい様子がありありと見え、車は三台ほどでした」



 と言うのを聞いても、光源氏は胸のつぶれる気持ちになった。



「どういうふうにしたらあの人が、何番目の姫君と確かめられようか。父の右大臣が聞きつけて、大げさに婿扱いされたりするのも、どんなものか。まだ相手の姫君の事情もよく見届けないうちは、それも煩わしいことだろう。かといって、このまま何もわからないままなのは残念だし、さて、どうしたものか」



 と考えあぐね、つくづく物思いにふけりながら横になるのだった。

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