紅葉賀 その二十一

 七月には、藤壺の宮が中宮になり、光源氏は宰相になった。帝は譲位の準備を進めている。譲位のあとは藤壺の宮が生んだ若宮を東宮にしたいらしいが、後見人がいない。母方は親王ばかりで、皇族は政治に参加する筋合いがないので、せめて母だけでも中宮というゆるぎない地位に据え、若宮の力添えに、と思ったようだ。


 こうした成り行きに、弘徽殿の女御はいよいよ心が穏やかでなく、不安に思うのはもっともなことだ。帝は、



「もうすぐ東宮の代になるのだから、生母のあなたが皇太后になるのは間違いない。安心しなさい」



 と慰める。確かに東宮の母として二十余年になるこの女御を差し置いて、他の方を中宮にしにくかった。例によって、世間の人々も穏やかでない噂をする。


 藤壺の宮が入内する夜は、光源氏がお供の役を務める。同じ中宮という中にも、先帝の后を母とする内親王である上に、玉のような若宮も輝いているし、帝の寵愛はたぐいもない方なので、人々も格別な人として、藤壺の宮をこの上なく崇め奉って、ご奉仕した。


 まして切ない恋にさいなまれている光源氏は、中宮が乗っている御輿の内ばかりが思いやられて、いよいよ及びもつかないような遠い人になってしまった、ととても悩むのだった。




 尽きもせぬ心の闇にくるるかな

 雲居に人を見るにつけても




 とばかり、独り言のように呟いて、何かにつけても切ない思いが身にしむ。


 若宮は成長する月日とともに、ますます光源氏に似てきて、見分けしにくいほどなのを、藤壺の宮はとても気に病んでいるけれども、それと気づく人もいなかった。


 本当に、どのようにつくり替えたところで、光源氏に劣らない器量の人が、またとこの世に生まれることがあるだろうか。しかし、この二人はあまりにも似ているので、月と日が大空に並んで光り輝いているようだ、と世間の人々も思っているのだった。

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