紅葉賀 その八

 藤壺の宮の出産予定の十二月も、ことなく過ぎたのが気がかりで、この正月こそは必ず、と人々も待っていた。帝にも出産に関して様々な心積もりがあったのに、その正月も何もないまま月が改まってしまった。


 物の怪のせいではないか、と世間の人々も騒がしく噂するのを、藤壺の宮はひとしおやるせなく思い、お腹の子が光源氏の子供だという秘密のために、この身を滅ぼすに違いない、と嘆くので、気分もひどく苦しくて、心身ともに悩んでいた。


 光源氏は出産が遅れていることと、あの密会を考え合わせて、いよいよ自分の子供だと思い、安産の祈祷などをこっそりと寺々にさせた。人の世の定めなさにつけても、藤壺の宮との恋もこのままはかなく終わってしまうのではないか、と様々な悲しみをすべて集めて、光源氏は嘆き沈んでいた。


 ついに二月の十日余りに、皇子が誕生した。これまでの不安も心配もすっかり消え、人々は心から喜んだ。


 藤壺の宮はよくも死なないで、とかえって辛く思うけれど、弘徽殿の女御などが生まれた皇子を呪わしそうに言っているのを耳にすると、このまま死んでしまったらさぞ物笑いの種にされるだろう、と気持ちを強く持って少しずつ気分も回復したのだった。


 帝は早く皇子が見たい、とたまらなく待ち焦がれている。


 光源氏の人しれない心うちでも、ひどく心配で、人のいないうちに藤壺の宮の三条の宮に行き、



「帝が若宮を早く見たい、とおっしゃっていますので、まず私が拝見してご報告しましょう」



 と言った。



「まだ生まれたばかりで見苦しい頃ですから」



 と言うばかりで、見せないようにしたのも、もっともなことだった。


 それというのも、まったく呆れるばかりに珍しいほど、光源氏に生き写しな若宮の顔は、間違いなく光源氏の子供と見られるに決まっていた。


 藤壺の宮は心の鬼にさいなまれて、とても苦しく、人がこの若宮を見れば、あの怪しい夢のようだった過ちに、きっと気づくに違いない。些細なことでも、何かとあら捜しせずにはいられないこの世間に、挙句の果てにはどんな醜聞が漏れるのだろうか、と思い続けると、我とわが身がつくづく情けなくたまらないのだった。

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