紅葉賀 その七
光源氏は宮中の拝賀を終えて、そのまま左大臣邸に向かった。葵の上はいつものように端然と堅苦しく取り澄ましており、素直に可愛らしい様子も見せないので、相変わらず気詰まりだった。
「今年からはせめてお気持ちを変えて、少しは世間並みの夫婦らしく振るまってくださったら、どんなに嬉しいでしょう」
などと光源氏は言う。ところが、葵の上のほうでは、わざわざ光源氏の自宅に紫の上を迎えて大切にしているという噂を耳にしてからは、きっとその人を大事な正夫人にすると決めている、と勘ぐられて、光源氏へのこだわりが増すばかりだった。ますますうとうとしく、気詰まりに思うことだろう。
光源氏はわざとそんな葵の上の気持ちに気づかないふりをして、冗談などをいって戯れていると、さすがの葵の上も強情を通しきれなくなり、返事をするところなどは、やはり他の女と違って秀でている。
葵の上は光源氏より四つばかりお姉さんなので、品格が備わり、光源氏が気後れするほど美しく、非の打ち所がない感じに整っている。まったくこの人に何の不足があるのだろうか。自分の心のあまりにひどい浮気沙汰から、ここまで恨んでいるのだと反省した。
同じ大臣でも、帝の信望が篤く、世に重んじられている左大臣が、内親王との間にもうけられたただ一人の姫君として、大切に育てられたので、葵の上はこの上もなく気位が高く、少しでも疎略に扱われるのを許せないと思っている。
光源氏のほうでは、何もそうお高くとまらなくても、と思うので、それぞれのわだかまりが二人の仲をしっくりさせないようだった。
左大臣も、光源氏のこうした実意のない心を、内心あんまりだと思いながらも、いざ光源氏を目の前にすると、たちまち恨みを忘れて、ひたすら大切に世話をするのだった。
明くる朝早く、光源氏が出かけようとするところに、左大臣が顔を出した。ちょうど光源氏が装束をつけていたので、名品として名高い帯を自分で持ち、光源氏の装束のうしろをひきつくろったりして、沓をとらんばかりに世話をするのは、本当にいたわしいほどだった。光源氏は、
「この帯は、宮中で正月の内宴などがあるようですから、そんな晴れの機会につけさせていただきましょう」
と言った。左大臣は、
「そのときにはもっと上等なものがある。これはただ目新しい珍しいだけのものだから」
と言って、無理につけるのだった。
左大臣は実に大切に光源氏の世話をして、その姿を拝見することに生きがいを感じている。たとえまさかでもこのような美しい方を婿君として自分の邸に出入りしてもらい、眺める以上の幸せはあるまい、とつくづく思うようだった。
年賀の挨拶と言っても、光源氏はそう方々へ出かけず、宮中、東宮、一の院だけと決めて、あとは藤壺の三条の宮に参上した。光源氏の晴れ姿を見て、
「今日はまた格別に美しい。年を加えるごとにますます恐ろしいほどに美しくなるのですね」
と女房たちが誉めそやすのを、藤壺の宮は几帳の隙間から、ほのかにのぞくにつけても、心の悩みが深くなるばかりなのだった。
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