末摘花 その七
八月二十日ごろのことだった。月がなかなか昇らないので待ち遠しく、いつになれば月が見えるのかわからない。空には星の光りばかりがきらめいて、松の梢を吹く風の音が心細く聞こえた。
そんな夜、末摘花は昔のことを思い出して大輔の命婦と話して泣いているのだった。大輔の命婦はちょうど良い折だと思い、光源氏に報せたようだ。光源氏はいつものようにお忍びでやってきた。
月が次第に昇り、あたりが照らされているのを光源氏が眺めていると、大輔の命婦に勧められたのか、末摘花が琴をほのかにかき鳴らす音が聞こえてきた。
大輔の命婦はもう少し馴染みやすい、当世風な味わいをつければいいのに、と自分好みの浮ついた気持ちから物足りなく思った。
この邸宅はあたりに人もいないので、光源氏は何の気兼ねもなく入っていき、大輔の命婦を呼び出した。
大輔の命婦はたった今光源氏が来たことを知ったような驚いた顔をして末摘花に知らせた。
「まあ、どうしましょう。本当に困りました。光源氏様がお越しになったようです。いつも末摘花様の返事がないと恨み言を言うのを、私の一存ではどうにもできません、とお断りしていたので、それなら自分で直接末摘花様とお話したいといつも言っていました。
何と返事をすればよいでしょうか。並々の方が身軽に来たわけではないので、すげなく帰すことはできません。隠れながらでもよいのでお話をしてあげては?」
末摘花はそれを聞いてとても恥ずかしがった。
「私は人と話す術を知らないというのに」
と言って奥に下がろうとする末摘花の様子がいかにも初々しかった。大輔の命婦は
「本当に子供っぽいので私は心配でなりません。あなた様でも、ご両親が健在でお世話も十分にしてくれていた間なら子供っぽく振る舞うのも頷けますが、こういう心細い境涯になっても世間を怖がってばかりいるのはおかしなものですよ?」
と教える。末摘花は人の言うことを強く反発しない性質なので、
「返答はしないでただ黙って聞いているだけなのなら姿を隠してお伺いしましょう」
と言った。
大輔の命婦は上手いこと末摘花を言いくるめて二人の座席を整えた。現状、大輔の命婦の思い通りにことが運んでいるようだ。
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