末摘花 その六

 いつの間にか秋になった。ふと、夕顔の宿のことが思い出される。


 末摘花には何度も手紙を出すが、相変わらず返事がないので気持ちがわからない。このままでは引き下がれない、と意地も加わり、光源氏は大輔の命婦をしきりに責めるのだった。



「これは一体どういうことだ? こんな無礼な目にあったことはないぞ」


「決して光源氏様を蔑ろにしているわけではございません。ただひたすらはにかんでばかりいらして、返事もろくに書けないのだと思います」


「それこそ世間知らずというものだよ。これが物心もつかない子供なら話しもわかるけども、末摘花ならば分別はある、と思って手紙を出しているんだ。


 私はあれこれと色恋めいたことをしたいわけではなく、あの寂れた縁側に立って佇んでみたいだけなのだ。


 このままでは実に納得がいかない。こうなったら大輔の命婦、お前が手引きをしてくれないか。お前が不愉快になるような見苦しい振る舞いはしないから」



 などと光源氏は大輔の命婦に相談した。


 光源氏は相変わらず世間の女の噂を集めている。その中から、これは、と思う女性を心にとどめておく癖があるのだった。そのため、大輔の命婦が少し末摘花の話をしただけでこれほどまでに光源氏は反応したのだ。


 大輔の命婦は光源氏に責められるのが少々煩わしく、末摘花の様子は女らしさや奥ゆかしさが見られないのに、迂闊に取り持ったりするとかえって末摘花を気の毒な目にあわせるのではないか、などと思ったりする。それでも光源氏がここまで熱心に言うのを聞き流すのもひねくれているような気もする。


 末摘花の邸宅は父親が生きていたときも時勢に取り残された雰囲気だったというのに、今ではすっかり荒れ果て、雑草を踏み分けて訪ねて来る人もすっかり絶えていた。そんなところへ、光源氏のような高貴な存在からアプローチがあるので、下々の若い女房などは相好を崩し、



「やはりお返事をしてください」



 と勧めている。ところが、末摘花はあきれるほど内気な性格なので、いっこうに手紙を書こうとはしなかった。


 大輔の命婦は、それなら適当な機会に光源氏と末摘花を近づけさせ、話くらいさせてやるか、と思った。光源氏が気に入らなければそれで終わり。また、縁があって二人が付き合うことになったところで咎める人などいないだろう、と思案する。もともと大輔の命婦は浮気っぽい性格なので、こういうことを独りで決めては誰にも相談しないのだった。

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