末摘花 その五
二人ともここから行くところがあったようだが、からかいあっているうちに別れがたくなってしまったようだ。一つの牛車に乗り込み、横笛を合奏しながら左大臣邸に向かった。
光源氏と頭の中将は先ほど聞いた末摘花の琴の音を思い出して、あの哀れげな住まいも風変わりで趣のあるように感じていた。頭の中将は
「もし仮に、美しくて可憐な女があんな荒れ果てたところに長年住んでいたら、その日を見初めて、さぞ自分は夢中になることだろう」
と想像した。
光源氏がこれほどまで熱心に通うからにはとてもあのままではすまないだろうと思うと、妬ましく、また気がかりでもあった。
その後、光源氏からも頭の中将からも末摘花に手紙をあげたようだが、どちらにも返事はない。事情がわからず気になるし、面白くもないので、
「これではあまりにも味気なさ過ぎる。ああいうわびしいところに住んでいる人はもののあわれを感じ、すぐに歌をよこしてゆかしい心栄えがあってこそ男は心惹かれるものだろうに。いくら重々しい身分だといっても、ここまで引っ込み思案なのは面白くないし、体裁も悪い」
と、頭の中将は光源氏以上にやきもきしていた。二人は何も隠し立てしない仲なので、
「ところで、あちらからの返事はご覧になりましたか? 私も試しに手紙をやってみましたが、見事に無視されてしまいましたよ」
と、頭の中将が愚痴を言うと、やはり言い寄ったのだな、と光源氏はほくそ笑んで
「さあ、別に返事を見たいと思っていないせいか、見たようなきもしないな」
とわざと曖昧に答えた。頭の中将は自分だけ無視された、と思い、悔しくてたまらない。
そのうち、光源氏は病を患ったり、人には言えない秘密の恋をしたりして心の休まることのないままに、春も夏も過ぎ去っていった。
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