末摘花 その八
末摘花はとてもきまりが悪かった。このように男と会うときの心得など微塵も知らなかったので、大輔の命婦に全てを任せている。乳母のような老婆は早々と部屋に引きこもって眠る時刻だ。若い女房が二、三人、寝ないでいるのは世にも名高い光源氏の姿を一目みたいと緊張しているからだった。
大輔の命婦は末摘花を見苦しくないように着替えさせたり、化粧をさせたりした。ところが、当の本人は一向に気の弾んだ様子を見せない。
光源氏はこの上なく美しい器量なのに、今夜はお忍びらしく、地味に目立たないように装われた様子が、この上なく優艶で、その美しさがわかる人に見せたかった。しかし、この辺りでは何の見栄えもしないだろうと、大輔の命婦はつくづく残念に思うのだった。
ただ安心なのは末摘花が鷹揚なので、余計な口出しはしないだろう、ということだった。
大輔の命婦は自分がいつも光源氏に責めたてられている苦しさを逃れるために、このような徒な手引きをしてしまって、それが原因で末摘花がこの先悩むことがないかと心配になる。
光源氏は末摘花の身分を考えると、当世風の気取った女よりも、さぞかし奥ゆかしい女だと想像した。
大輔の命婦たちにそそのかされて、末摘花がそっとにじり寄ってきた。その気配がいかにも物静かで、薫りが漂ってくるのも、さすが鷹揚な感じがする。
やはり思ったとおりの人らしい、と光源氏は満足するのだった。長年、恋い慕ってきた胸の思いなどを言葉巧みに、如才なく、次から次へと話すのだけれども、手紙の返事さえしない末摘花だ。まして直接話すことなどできるはずがなかった。光源氏は
「それにしてもここまで黙っているのはどうしたことでしょう」
と嘆く。
いくそたび君がしじまに負けぬらむ
ものな言ひそと言はぬ頼みに
「いっそ思い切れとはっきりおっしゃってください。どっちつかずのこんな状態は苦しくてなりません」
と言う。末摘花の乳母の娘で、侍従という素早く気のきく女房が、じれったく、見ていられない気持ちになり、末摘花のそばにさし寄って言葉を発した。
鐘つきてとぢめむことはさすがにて
答へま憂きぞかつはあやなき
と若々しい声の、さほど重苦しくないのを、末摘花の声の真似をして申し上げる。光源氏は末摘花の身分にしては馴れ馴れしいと思ったが、
「はじめての返事なので珍しく、声を聞くとかえって私のほうが口がきけなくなってしまいますね」
言はぬをも言ふにまさると知りながら
おしこめたるは苦しかりけり
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