若紫 その十九

 紫の上がもといた邸宅に残った女房たちは兵部卿の宮が来て紫の上のことを訊いても、返事をすることもできずに当惑していた。



「しばらくは紫の上のことは誰にも知らせるな」



 と光源氏が言い、乳母の少納言もそう思っていたので、残った女房たちは口外できないのだった。しかし、それでも女房たちは



「行方も知らせずに乳母の少納言が連れて行きました」



 とばかり言うので、兵部卿の宮もがっかりするばかりだ。



「もし行方がわかったら知らせるように」



 と言うのも、女房たちは気が引けて面倒なことになった、と思うのだった。


 兵部卿の宮は北山の僧侶のところにも行ったが、いっこうに行方はわからない。紫の上を自分の思うように育ててみようと思っていた矢先のことなので残念だと思っている。


 光源氏の邸宅には次第に女房たちが集まってきた。遊び相手の童女や子供たちも何の気兼ねもなく、みんなで遊びあっている。


 紫の上は光源氏がいない夕暮れ時には尼を思い出して寂しくて泣くことはあるが、兵部卿の宮のことはまったく思い出さなかった。


 光源氏が他所から帰ってくると、すぐに迎えて甘えてくる。光源氏の懐に入って少しも遠慮したり恥ずかしがったりしない。そういう遊び相手としてはこの上なく可愛らしかった。


 女も妙に知恵がつき嫉妬心を起こすと何かと煩わしいことが起こってくる。男も自分の愛が冷めるのではないかと心を遣い、夫婦の気持ちに隔てを置くようになる。そうすると女のほうは恨みがちになって思いがけない揉め事が自然と発生する。


 ところが、この紫の上は本当に可愛らしい罪のない遊び相手だった。実の娘でもこのくらいの年齢になると父親に対してこんなふうに打ち解けて振る舞い、馴れ馴れしく一緒に寝起きすることなどできない。これはまったく風変わりな娘だと光源氏は思った。

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