若紫 その十八

 夜が明けてくるにつけて乳母の少納言があたりを見渡すと、朝日が輝くような景色が広がっていた。このような場所にいるのはとても場違いのように思える。


 日が高くなって光源氏が起きてきた。



「女房がいなくて不便でしょうから、しかるべき人を夕方になってからお呼びになるといい」



 と言い、童女たちを呼びに人をやった。



「小さな女の子だけ、特別に来なさい」



 とのことだったので、たいそう可愛らしい女の子が四人参った。紫の上が寝ているのを無理に起こして



「こんなふうにいつまでも沈み込んで私を困らせてはいけません。真心のない人がこんなに心からお世話をするものですか。女というのは心が柔和で素直なのがいいのですよ」



 などと今から躾けている。紫の上の器量は遠くで見るよりも、近くで見たほうがはるかに綺麗だった。


 光源氏は二三日も宮中に出仕せず、紫の上の機嫌を取ろうと話し相手になっている。古歌や絵など色々描いて見せる。それは全て見事なもので、たくさん書いた。紫の紙に〈武蔵野といへばかこたれぬ〉と書いた墨付きも特に優れているのを、紫の上は手にとって見ている。そばに小さな字で




 ねは見ねどあはれとぞ思ふ武蔵野の

 露分けわぶる草のゆかりを




 と書き添えてあった。



「さあ、あなたもお書きなさい」



 と光源氏が言うと、紫の上は



「まだ上手に書けないの」



 と呟いて光源氏を見上げている顔が無邪気で可愛らしい。光源氏はニッコリしながら



「上手でないからといってまったく書かないのは良くないのですよ。私が教えてあげますから」



 と言うと、紫の上は顔を背けて恥ずかしそうに書く手つきや筆を持つ様子のあどけなさはもうたまらない可愛らしさだった。こんな紫の上に惹かれるのが、自分の心とはいえ、不思議だと思っているようだ。


 紫の上は



「書き損なったわ」



 と恥ずかしそうに隠そうとするのを、無理に見ると




 かこつべきゆゑを知らねばおぼつかな

 いかなる草のゆかりなるらむ




 とまだ幼いけれど、先々の上達が頼もしく予想される筆跡でふっくらと書かれている。亡くなった尼の筆跡に良く似ていた。


 これで現代風のお手本を習ったらもっと上達するだろうと、光源氏は思った。人形遊びなども、わざわざ建物をいくつも造り並べ、一緒に遊びながら、光源氏は紫の上を辛い恋の苦しい物思いのこの上ない憂さ晴らしにしているのだった。

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