若紫 その十二
光源氏は藤壺の宮のことばかり考えていた。一方で、藤壺の宮の血縁に当たる紫の上を手に入れたい、と思っている。
手に摘みていつしかも見む紫の
根にかよひける野辺の若草
と和歌を詠んだ。
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十月。光源氏は北山に移った尼と久しく連絡を取っていないことを思い出し、わざわざ手紙の使いを出した。しかし、僧侶からの手紙で、
「先月の二十日ごろに尼はとうとう亡くなってしまいました。人の世の定めとは申しますが、悲しいことです」
などと書かれているのを見て、世の中の儚さを感じた。また、あの紫の上はどうなったのか、と心配だった。
手紙を出したところ、乳母の少納言から返事が届いた。
忌中の慎みも過ぎた頃、紫の上が京に帰ってきたと聞いたので、光源氏は自身で訪ねていった。とても荒れ果てた邸宅なので、紫の上はどれだけ恐ろしい思いをしていることか、と思った。
乳母の少納言が尼の最後の様子を泣きながら伝える。光源氏ももらい泣きをし、涙で袖を濡らすのだった。
「紫の上を自分の邸宅に移そうと兵部卿の宮は言いましたけれど、紫の上の亡くなられた母君が、兵部卿の宮の妻のひどい仕打ちにとても憤慨してましたし、紫の上はまったく幼い年齢と言うわけでもなく、かといって大人として扱える年齢でもありません。あちらで子供たちとうまくいくかが心配で、亡くなられた尼様も嘆いていました。
このような状況ですので、あなた様から優しいお言葉をいただけるのは、ただただありがたく思います。ところが、当の紫の上はいっこうにあなたにお似合いなところもなく、歳のわりには子供じみていますので、ほとほと困り果てているところでございます」
「どうしてこう繰り返し申し上げている私の気持ちを推察してくれないのでしょう。私と紫の上は前世からの因縁が深いのです。やはり人づてではなく、直接紫の上に言葉を伝えてわかっていただきたい。
あしわかの浦にみるめはかたくとも
こは立ちながらかへる波かは
せっかく来たのにこのまま帰るのはあんまりでしょう」
と光源氏が言うと、乳母の少納言は
「本当に、畏れ多いことでございます」
と言って
寄る波の心も知らでわかの浦に
玉藻なびかむほどぞ浮きたる
「これは無理な話なのです」
と言う対応が慣れているので、光源氏は乳母の少納言が何と逆らっても気分を害さなかった。「なぞ越えざらむ逢坂の関」と逢わずにはいられない気持ちを歌になぞらえて口ずさむのも、若い女房たちはうっとりと聞いているのだった。
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