若紫 その十

 光源氏が自宅に帰り、終日泣きながら眠った。藤壺の宮に手紙を出しても返事も来ない。宮中にも出仕せず、そのまま二、三日が過ぎた。


 藤壺の宮は何という恐ろしい運命か、と嘆き悲しみ、病気も悪化する一方だった。早く参内するように、と帝から催促があるのだが、とてもそんな気分にはなれない。


 藤壺の宮はこの気分の悪さはいつもと違うことに気がついた。もしや妊娠したのでは、と思い、光源氏との思い当たることもあったので、乱れ苦しんだ。


 周りの女房たちは藤壺の宮と光源氏の秘密を知らないので、



「なぜ今頃になって妊娠したのだろう?」



 と不審に思っている。藤壺の宮の心の中でははっきりと光源氏との子供だと確信していた。


 帝は妊娠した藤壺の宮をますます愛おしく思い、お見舞いの使者が次々と送られてきた。藤壺の宮はそれさえ恐ろしく思い、思い悩むこととなった。


 光源氏はこの頃怪しい夢を見て、夢占いをさせてみた。すると、帝王の父になるという意外な結果が現れた。



「しかし、その幸運の中にもつまずくことがあり、謹慎することもあるでしょう」



 と占われた。光源氏はこんな占いを厄介なことと思い、



「これは私の見た夢ではない。他の人の夢なのだ。この夢が実現するまで、決して他言してはいけない」



 と命じた。しかし、内心ではこれはどういうことか、と思い続け、そこに藤壺の宮の妊娠の噂を聞く。もしやその子供は私の子供ではないか、と考えるのも当然だった。


 光源氏はそれからいっそう手紙を熱心に書いたが、取り次ぐ王命婦も困り果て、どう計らえばよいのかと途方に暮れるばかりだった。


 これまでは藤壺の宮からも一行ほどの返事はあったものの、それさえなくなってしまった。


 七月になって藤壺の宮はようやく参内した。帝は妊娠のこともあり、藤壺の宮への寵愛は深まるばかりだった。

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