若紫 その九

 藤壺の宮の気分が悪くなった、ということで宮中から実家に帰った。帝が気にもむ様子をいたわしい、と思うものの、光源氏は



「この機会に会わなければいつ会うというのだ」



 と言って、藤壺の宮の女房である、王命婦に手引きを頼んだ。王命婦は嫌がったのだが、結局、どのような無理をしたのか、光源氏を藤壺の宮の私室まで引き入れてしまった。


 光源氏は夢にまで見た逢瀬なので、これが現実とも思えず、無理な短い逢瀬がひたすら切なく、悲しいばかりだった。


 藤壺の宮も悪夢のような初めての逢瀬を思い出し、忘れられず、思い悩んでいる。せめて再び過ちはすることがないように、と深く心に決めていた。


 それなのにまた光源氏と逢瀬をすることとなり、耐え難いほどにやるせなくなった。


 光源氏はこの夜を永久のものにしたかったが、あいにく夏の夜は短く、早くも空が白み始めた。あきれるほど物思いがつのり、これでは会わなかったほうがましなほどの悲しい逢瀬だった。




 見てもまた逢ふ夜まれなる夢のうちに

 やがてまぎるるわが身ともがな




 と、涙にむせかえっている光源氏が、藤壺の宮はさすがにかわいそうと思い、




 世語りに人や伝へむたぐひなく

 憂き身をさめぬ夢になしても




 と返歌した。

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