若紫 その五
光源氏は僧侶に紫の上のことを訊いた。もっと素性を知りたいと思ったのだろう。
「娘が亡くなったときには小さな女の子、紫の上がすでにおりました。それが苦労の種になるとは、と尼も嘆いています」
「そうですか。ところで、その姫君の後見人に私を推薦してくれるように尼に伝えてくれないだろうか。実は考えていることがありまして、結婚している本妻がありながら、どうもうまくいっていません。まだ姫君も幼く、私を好色な男と思われるのと心外ではあるのですが」
「それは大変嬉しいお言葉のはずですが、あの子はまだ幼いので冗談でも相手をすることは無理だと思います。とにかく、尼から返事をさせるようにしますので」
と僧侶はよそよそしく言った。堅苦しい態度になってしまったので、光源氏は恥ずかしくなり、僧侶はそれ以上に話ができない。
「お勤めの時間となりました」
と言って僧侶はお堂に上がっていった。
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光源氏の気分が悪いときに雨が少し降ってきて、山風も冷ややかに吹き、滝の水かさも増したようだ。色々と思うところがある光源氏はなかなか寝ることができない。
奥のほうでもまだ人の動く気配がする。光源氏は扇を鳴らして人を呼んだ。出てきたのは奥にいた女房である。
光源氏は
「まったく突然のことですが、
初草の若葉の上を見つるより
旅寝の袖も露ぞかわかぬ
と申し上げてくれないか」
と女房に言った。
「いったいどなたに?」
「それは自分で考えてください」
仕方がないので女房は奥に入ってこのことを尼に伝えた。
「まあ、なんと今風なお方。紫の上を恋がわかる年頃だとでも思っているのでしょうか」
尼も返歌が遅れるは失礼だと思った。
枕ゆふ今宵ばかりの露けさに
深山の苔にくらべざらなむ
「私たちの袖の涙も乾き難いものを」
と返歌する。光源氏は
「人を介した挨拶など私はしたことがありません。この機会に直接会って、お話できないでしょうか」
と言う。尼と女房は
「何かあの子のことを聞き間違えているのでしょう。どうして返事ができますか」
「それではあちらが失礼だと思います」
と言い合う。
結局、尼は光源氏と対面することとなった。
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