若紫 その四
僧侶は光源氏にこの世の無常の話や来世のことなどを話していた。光源氏は自分の人知れない罪を恐ろしく思い、そうは言ってもどうしようもない辛い思いに胸を締め付けられた。
「この世に生きる限り、この秘密の恋に思い悩まなければならないだろう。まして、死んだあの世ではどんな罰をこうむることやら」
いっそ出家してこのような山住みの暮らしもしてみたいと思う。しかし、昼間見た可憐な少女のことが引っかかった。
「こちらに泊まっていらっしゃる方はどなたでしょうか。その方を訪ねなくてはならない、という夢を見まして」
「突然の夢の話ですね。折角訪ねてもがっかりするだけかもしれませんよ。故按察使の大納言、と言いましても、亡くなってからずいぶんと久しくなります。光源氏様でもご存知ないでしょう。その妻が私の妹になります。按察使の死後、出家しましたが、最近病気がちになったのでこうして私を頼って山篭りをしているのですよ」
「その大納言には確か娘がいると思いましたが、どうなさいましたか? こう訊くのは浮気心からではなく、真面目にうかがっているのです」
と光源氏は当て推量に言った。
「娘は一人です。それも亡くなりまして、もう十年になります。故大納言は娘を内裏で働かせようと大切に育てましたが、その思いを遂げぬうちに他界しました。その後、母の尼がその娘の世話をしていましたところ、誰が手引きしたのでしょうか、兵部卿の宮がいつの間にか密かに通い始めました。兵部卿の宮には高貴な身分の奥方がいました。娘は辛いことが多くなり。明けても暮れても思い悩んだのか、とうとうそれがもととなり亡くなってしまいました」
それならば、あの少女、紫の上はその亡き人の子だったのだと光源氏は納得した。兵部卿の宮の血筋なので、兵部卿の宮の妹の藤壺の宮にも似ているのだろうか、と一層心が惹かれていった。
紫の上の人柄も上品で美しく、なかなか利口ぶったところがない。一緒に暮らして、自分の思い通りの女性に教え、育ててみたいものだと思った。
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