若紫
若紫 その一
光源氏は病気になった。当時、病気の原因は物の怪などの仕業と考えられていた。そのため、高名な僧侶に加持祈祷などをさせ、物の怪を体の中から追い払おうとした。しかし、いっこうに効果がない。
たびたび発作が起こる。ある人が
「北山のあるお寺に優れた僧侶がいます。去年の夏も、この病気が流行り、困っていたのをこの僧侶がたちまち治したとか。こじらせると厄介ですから、早めのうちにこの僧侶に治してもらいなさいませ」
と言うので、使いをやってその僧侶を呼ぼうとしたが、
「腰が曲がって外に出れません」
と言う。そこで光源氏は
「それならば私が僧侶のもとまで行こう」
と、供を四、五人につれて出発した。まだ暗い、明け方のことだった。
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僧侶の岩屋は山の少し奥まったところにあった。寺のたたずまいもなかなか風情がある。高い峰の岩窟に僧侶はおり、光源氏はそこまでのぼっていった。
忍びのお出かけなので、身なりはみすぼらしかったが、そこは高貴な出の光源氏である、僧侶もすぐにわかったようで、
「おお、先日私を呼んでくれた方ですな。今や現世のことなどほとんど思い出すこともなく、加持祈祷の方法なども忘れた私ですのに、あなた様はどうしてこんな山奥まで来てくださいましたか」
と驚きながらも出迎えてくれた。見るからに徳の高い僧侶だった。僧侶が光源氏の治療をしているうちに日は高く昇った。
光源氏はしばらく外に出て、あたりを展望した。そこは高いところなので、あたりが良く見える。すぐそこの坂道に、一際すっきりと庭の周囲が張り巡らされていて、小奇麗な家が建っている。
「誰が住んでいるんだろう」
と光源氏が尋ねるとお供の一人が答えた。
「これはとある僧侶が二年ほどこもっているところだそうです」
「ほう、それはまた……。しかし、私は地味な格好をしてきてしまった。この格好をその僧侶に見られたらみっともないな」
そこに綺麗な子供、童女たちがたくさん庭に出て遊んでいるのが見えた。
「おや、あそこに女がいるぞ」
「まさか僧侶がここに女を囲われるとは思えんが……」
「一体どういう女なのだろう」
と供のものが口々に言い合う。坂を下りていって垣根の間から覗き見をするものもいた。美しい女、若い女房、子供なども見えた。
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