若紫 その二
光源氏は寺に帰り、治療をしながらも、昼になるにつれて発作が起きるのでは、と不安になった。お供は
「気分を紛らわして、病気のことを考えないのが一番です」
と言うので、光源氏は後ろの山に登って京の方を展望した。はるか遠くまで春霞がかかり、まるで絵に描いたような景色だった。
「こんなところに住む人は自然の美しさを味わいつくして思い残すこともないだろうね」
「こんな景色はありふれております。もっと様々な景色をご覧になりましたら、光源氏様の絵もさらに上達することでしょう」
などと言うものもいる。また、西国の風景を話すものもいて、何かと気分を紛らわした。
「近いところでは播磨の明石の浦がなかなか良いですな。特にこれという見所があるわけではないですが、ただ海原を見渡しただけでも不思議なほど他の風景とは違って見えるのです。
前の播磨の守は出家して入道になっていますが、娘を一人、大切に育てています。その邸宅というのも豪華で立派なものですね。
その入道は大臣の子孫でして、当然出世できたはずなのですが、大変変わり者なのか、人付き合いを嫌い、高い役職を自ら捨てて、播磨の国守に望んでなりました。
ところが、その国の人々にもどうやら侮られまして、これでは面目が立たない、と言って出家してしまったようです。その後も、出家者らしく少しは人里離れた場所に住むかと思いきや、海岸で豪勢に暮らしています。
私も播磨の国にいきましたついでに訪ねました。入道は京でこそ実力を認められない悲運でしたが、田舎では堂々と邸宅を構えている様子が国守の権勢と威光を表していますので、晩年を裕福に過ごせる財産もあることでしょう。後の世のための修行も熱心にしておりまして、出家して品格が備わったように見受けられました」
と供のものが言う。
「ところで、その娘というのは?」
と光源氏は訊く。
「悪くはないですね。器量や性質もなかなか良いようです。代々の播磨の国守も熱心に求婚しているようですが、入道はさっぱり相手にしません。入道は娘に、私には考えがある、その考えに外れるようなことがあったら海に身を投げて死ね、とすら言っているようです」
光源氏は
「どういうつもりで入道は娘に海の底に身投げせよ、とまで言うのだろう? 世間の見る目も気味悪く思うだろうに」
と思うが、強く興味を引かれているようであった。
「日が暮れてきましたね。発作も起こらないようですし、そろそろ帰りましょう」
と供のものは言った。
光源氏の治療をしていた僧侶は
「病気のほかに物の怪も憑いているようですので、今夜は一泊してから山を下りたほうが良いでしょう」
と言う。
「それはもっともだ」
と人々は言うので、光源氏は
「では明日、夜明けに出発しよう」
と言った。
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