夕顔 その十九
夕顔の四十九日の忌日になった。法要は密かに比叡山の法華堂で行われた。惟光の兄の法師が高名な僧侶なので、とても立派に法要を行うことができたのだ。
光源氏は学問の師匠で、親しくしている文章博士に願文を作らせた。名前は明かさず、愛した女が亡くなってしまった、と光源氏自ら草稿を書き上げる。文章博士は
「このままの文章で結構です。一文字も修正するところはありません」
と言う。光源氏はこらえていたが、涙がこぼれてとても悲しそうにしていたので、文章博士は
「一体どういう人だったのでしょう。そういう方が亡くなったと噂も聞かないのに、これほど光源氏様を悲しませるほど愛されたとは、何とも幸運なお方ですね」
と言うのだった。
光源氏は密かに作らせていた夕顔の衣裳の袴をとりよせ
泣く泣くも今日はわが結ふ下紐を
いづれの世にかとけて見るべき
と詠った。
光源氏はその後、頭の中将に会っても、胸が騒いで、あの夕顔と頭の中将の子供のことを教えたくなるが、かえって頭の中将からの苦情が怖く、話すことができなかった。
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あの夕顔の家では、主人の夕顔はどこに行ったのか、と困惑しきっていた。あれ以来、何の手がかりもなく、探すこともできないでいた。女房の右近の行方もわからないので、皆が心配するのも無理がなかった。
もしかしたら光源氏関係ではないだろうか、と思うものもおり、惟光に尋ねてみたが、
「とんでもない、そんなことは知らない」
とはっきり言い切られる。ますます全てが夢のように感じられるのだった。
女房の右近のほうはみんなから非難されるのが恐ろしく、行方不明のまま日々を過ごしていた。
あの夕顔に夢でも会いたいものだ、と光源氏が思い続けていると、この四十九日の法要を行った明くる夜のことだ。
あの荒れ果てた院の光景の中に枕上に立った六条御息所の姿までそっくりそのまま、朦朧と夢の中に現れた。魔性の物の怪が自分の美しさに魅入り、その巻き添えで夕顔がこんなことになったのだろうと思い出すのも気味が悪いことだった。
空蝉の夫である伊予の介は十月の一日の頃、任地へ下っていく。女房たちも一緒に下るのだろう、と光源氏は餞別に気を配った。また、それとは別に空蝉には贈り物をした。細工の細やかな美しい櫛や扇など、たくさん。それと一緒にあの思い出の空蝉の小袿も添えて贈ったのだった。
逢ふまでのかたみばかりと見し程に
ひたすら袖の朽ちにけるかな
手紙はまだ色々な言葉があったが、煩わしいので省略する。
空蝉からは小袿の返歌だけあった。
蝉の羽もたちかへてける夏衣
かへすを見ても音は泣かれけり
どう考えてみても、他の女には見られない心強さで振り切ってしまった人だった、と光源氏は思い続けた。
今日はたまたま立冬なので空は時雨れて、物悲しい雰囲気だ。終日、物思いに沈み暮らし、
過ぎにしも今日別るるも二道に
行くかた知らぬ秋の暮れかな
やはりこういう秘密の忍ぶ恋は何かにつけて苦しいものだ、としみじみ悟ったことだろう。
このようなくどくどしい話は光源氏が隠していたものだ。気の毒なので、全てを話すことはしないが、
「いくら帝の子供だからといって、誉めてばかりいるのはおかしい」
と、この物語がいかにも作り物のように言う方がいるので、仕方なくありのままに語った。お咎めはまぬがれないことだろう。
夕顔 完
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