夕顔 その十八
光源氏は女房の右近に
「夕顔はいくつになっていたのだろうか。あの世間慣れしていない感じは、妙に弱弱しく見えたのだが」
と訊く。
「十九になっていたと思います。私は夕顔様の乳母の娘でした。母が私を捨てたところを夕顔様の父上が拾ってくださったのです。そのご恩を思いますと、どうして私だけ生き残っていられるでしょう。いかにも気が弱く、頼りない様子の夕顔様のお心に私はすがって、長年仕えてきたのです」
「女は頼りにならなそうなのが可愛いのだ。しっかりもので気が強く、人の言うことを聞かない女は好きになれないね」
「夕顔様はそういう好みにはぴったりでしたのに、残念なことです」
と言って右近は泣くのだった。
空はいつの間にか曇ってきて、風も冷たく吹いてきた。光源氏はたいそうしんみりと思いを沈め、
見し人のけぶりを雲と眺むれば
夕の空もむつましきかな
と独り言を呟いた。右近は返歌も言えない。今こうして光源氏と話しているように、夕顔が自分の代わりにここにいたら、と思い、胸がいっぱいになった。
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その頃、あの空蝉の弟である小君が光源氏の邸宅に来た。しかし、今更空蝉に言伝することもなく、空蝉は薄情な女だと思われて見限られたのだ、と思ったようだ。
それでも空蝉は光源氏が病気だと聞くと、気の毒に思い、悲しくなるのだった。
遠く伊予に旅立つ今は、さすがに心細く、自分のことはすっかり忘れてしまったのかと思い、空蝉は
「ご病気とのことで案じております。言葉ではとても……
問はぬをもなどかと問はで程ふるに
いかばかりかは思ひみだるる
」
と手紙を差し上げるのだった。
光源氏は空蝉から手紙が来たのが珍しく、また、空蝉への愛も忘れていなかったので、
「生きている甲斐がない、というのはどちらが言いたいセリフでしょうか。
空蝉の世はうきものと知りにしを
また言の葉にかかる命よ
なんともはかないことです」
と、震える手で書いたのだった。
空蝉はその後もこうした手紙のやり取りは如才ないほどにはするが、近々会おうとは思わなかった。とは言うものの、このまま薄情な女だと光源氏に思われたまま別れたくない、とも思う。
あのもう一人の娘、軒端荻は蔵人の少将という男性を婿に通わせているらしい。もし軒端荻が処女ではないとわかったら蔵人の少将はどう思うだろうか。光源氏は蔵人の少将も気の毒だし、軒端荻のことも気になったので小君を使いにして、
「死ぬほど思っている私の心を、あなたはわかっていますか?」
と言う。
ほのかにも軒端の荻を結ばずは
露のかごとをなににかけまし
光源氏は丈の高い荻に文を結びつけ、小君に
「こっそり渡せ」
と言って手渡した。
万が一失敗して蔵人の少将が見つけたとしても、相手が光源氏だと思い当たれば、軒端荻の過去を知ったとしても許すだろう、という計算が光源氏にはあった。その自惚れこそ、何とも困ったものだ。
ちょうど蔵人の少将がいないときに小君が軒端荻に手紙を渡した。軒端荻は何を今更、と思うものの、さすがに思い出してくれたことが嬉しいらしく、返歌を小君に渡した。
ほのめかす風につけても下荻の
なかばは霜にむすぼほれつつ
字がうまくないのに誤魔化してしゃれたように書いてあるのも品がない。光源氏はいつかみた空蝉と軒端荻の顔を思い出す。
「あの時、慎ましそうに座っている空蝉は今でも思い捨てきれないしっとりとした様子をしていたものだ。この女は何の嗜みもありそうになく、浮ついてはしゃいでいたな」
とあの頃の光景を思い出すと、また軒端荻にも浮気心がきざすのだった。
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