空蝉 その三

 光源氏は帰宅し、昨晩のことを一部始終小君に話した。



「お前はやっぱり役に立たないね」



 と小言を言う。小君は何も言えなかった。



「空蝉にはひどく恨まれてしまった。せめて優しい一言ぐらいはかけてくれても良さそうなのに、私は伊予の守にも劣っているのか……」



 そう言って光源氏は自室で小君とともに寝た。手元にはこっそりと持ってきた空蝉の小袿が握られている。時に恨み言を言い、時に優しく語りかけた。



「お前は可愛いけれど、空蝉がつれないからいつまでも可愛がってやれそうにないね」



 この言葉を聞き、小君は辛く思い、悔しがった。


 光源氏はしばらく横になっていたが、ふと懐紙を取り出し、一つの和歌を書き出した。




 空蝉の身をかへてける木の下に

 なお人がらのなつかしきかな




 これを小君に手渡した。空蝉への和歌である。軒端荻と一夜をともにしたのだが、その軒端荻への手紙は一つもない。


 小君が紀伊の守の邸宅に到着すると、姉の空蝉が待ち構えていた。当然のように小君を厳しくしかりつける。



「昨晩はうまく逃げられたから良かったけれど、あのままだったらどうなっていたことか。本当に迷惑です」



 小君は光源氏からも空蝉からも叱られ、やりきれない思いがいっぱいだった。しかし、仕事はしなければならない。小君は光源氏から預かってきた和歌を空蝉に渡した。


 空蝉もさすがに見ないわけにはいかない。歌を見て、まさかあの小袿を持ち帰られていたとは夢にも思わなかった。


 空蝉はこれが夫のいない娘の時だったなら、と思い、手紙の端に一つの和歌を書き加えるのだった。




 空蝉の羽におく露の木がくれて

 しのびしのびに濡るる袖かな



   空蝉 完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る