空蝉 その二
夜が更け、小君は空蝉の部屋の戸をわざと叩いた。
「今日はこの襖口に寝かせてください。ここは涼しい風が入ってくるのです」
そういって小君は空蝉の部屋に侵入することができた。さらに空寝をし、女房たちが他の部屋で寝静まってから戸を開いて光源氏を引き入れる。子供とは思えないほどの手際の良さだ。
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光源氏が空蝉の部屋に侵入する少し前、軒端荻は
「今夜はここで眠らせて」
と言って空蝉のそばで寝てしまった。その様子は無邪気で陽気な印象を見る人に与える。
そこに人が侵入してくる気配がした。この時代に電気はない。暗闇の中、芳しい匂いばかりが漂ったのである。
空蝉はこの匂いを知っていた。光源氏の匂いである。空蝉はすぐに光源氏が侵入してきたと理解できただろう。
空蝉は呆れ果て、軽くものを羽織ってからこっそりと部屋を出てしまった。残されたのは軒端荻ただ一人である。
光源氏は空蝉の部屋で寝ている女性を見て、彼女こそが空蝉であると思った。平安の時代、真っ暗の中では女性の顔を判別することは難しいだろう。
光源氏はそっと軒端荻に寄り添うと、彼女の体をまさぐった。光源氏の手に豊満な体の感触が伝わる。それでも光源氏はこの女性が空蝉とは別人だと気づかない。
しかし、しばらくすると光源氏も違和感を覚えた。どうもこの女は空蝉とは様子が違う。ついに別人だとわかると、あまりのことに情けなくなってしまったようだ。
「しかし、勘違いだとしてこのまま逃げ帰ってしまったら笑われるだけだ。それならば、このままこの女と一夜をともにすることにしよう」
そう言って光源氏は軒端荻に手を伸ばした。
軒端荻は眼を覚ますと、思いもかけない様子になっている。驚き、呆然とするしかなかった。
軒端荻が起きても光源氏は慌てず、
「これまでたびたび方違えと言って訪れたのもあなたが目当てだったのですよ」
と言って取り繕った。
こんな中でも光源氏は空蝉を恨まずにはいられなかった。軒端荻は可愛くないというわけではなかったが、惹かれるものがない。やはり空蝉の不思議な引力というものを思い出さずにはいられなかったのだ。
(まったく、あの女はどこに隠れてこの様子を見ていることか。あんなにしぶとい女は初めてだ)
軒端荻への配慮も忘れてはならない。光源氏は
「秘密の恋こそ惹かれあうもの。あなたもわたしのことを思ってください。私は世間に気がねの多い身の上なのです。また、あなたの家族も私との恋を許してはくれないでしょう。私のことを忘れないで待っていてください」
ともっともらしいことを言って軒端荻の心をつかんでいった。
「人の目がありますもの、私からはお手紙を差し上げることはできませんわ」
「大丈夫です。私には小さな手紙を運んでくれる人がいます。あなたはいつも通りにふるまっていればいい」
光源氏はそう言って空蝉の部屋を後にした。
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