小咄「出勤前」

 その髪が染めてもいない、自然なままのそれだと知ったのはいつの日のことだっただろうか?

 異国人のように色の淡い柔らかな癖毛が風に靡くのをバイトの帰り道でよく眺めた。

 今は、彼が使っている整髪料の名前までおぼえている。


 雨の日は彼が洗面台を占拠する。

 わたしはその斜め後ろで櫛をとり長い髪をひとつにしばる。

 すぐにすむ。


 鏡のなかの微苦笑に「先に行くぞ」と肩をすくめて背を向けると、

 縛った髪をひっぱられた。


「忘れ物です」


 雨の日の始まり――

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