遺産
カツオシD
遺産
母方の直樹オジさんが死んだ。
高校で物理学を教えていたそうだが、そういう学問にはまったく興味のない私はオジさんから教えてもらったことがない。
一度、家に来た時、母から「一香は赤点の常習だから勉強を教えてやってくれない?」と言われていたが「物理なんて知らなくても生活に困らないよ」と言って逃げた。
ずっと独身だったが、生活は慎ましやかで、勤め先の学校と隣町で借りていたマンションを往復するだけの生活だった。
「あいつのマンションには行ったことがないが、そんな生活をしてたんなら預貯金とかが、かなりあったんじゃないか?」
喪主をした智蔵オジさんはそんな期待をしていたが、調べてみると貯金はわずかで保険もなし。結局家族葬の費用も親族が協力して出すことになった。
「あの子のことだから、どこかのNGOにでも寄付してたんだろう。私達はとんだ貧乏クジだったわね」なんてお母さんは苦笑いした。
その言い方はちょっとひどいなと思いつつ、駆り出されて最後の遺品整理をしていると机の中から不思議なノートが見つかった。
そこには・・・
○○naoki○○@○○.ne.jp というパソコンメールと共に、「最近は息切がひどい。万一の事があっても僕には何もないが、愛する甥や姪にはこれを残そう。ただしこれが気に入ればだが・・・」と、書いてあった。そしてその下には謎の目録が・・・。
和樹には「世界に一つのフランク・ミステリーⅡ」「レイム・レイムのバギー・ストーン」
一香には「紅玉のキャシー・ザ・ディーバ」「ディアマンテのエノーラ=ウィンストン」
これはいったい何だろう? 家に帰ってお母さんに相談すると、初七日の法要で来ていた智蔵オジさんの目の色が変わった。
「フランクミューラーのWミステリーだ!」
なんでもそれは、めちゃくちゃ高い腕時計なのだそうだ。
「あいつは昔から勉強ができるけどバカだと思っていたが、なかなかどうして粋なことをするじゃないか」
「すると、一香に譲るというこれも・・・」
「ああ、紅玉とはルビーのことだし、ディアマンテとはダイヤのことだろう」
「だとすると、ウィンストンとは世界的に有名なハリー・ウィンストン!」
「これはしっかり法要を行わなくてはね」
智蔵オジさんとお母さんはなにやら興奮していたが、私はどうにも腑に落ちなかった。
目立ちたがりで、車も中古のレクサスに乗る智蔵オジさんや、エルメス風・バーキンを愛するお母さんと違って、直樹オジさんはブランドにはまったく関心が無かったはず。
好きな女性ができて、その人の趣味で買うのならともかく、自分のためにフランクミューラーの腕時計なんて買うだろうか?
(インターネットで調べてみるとWミステリーは中古ですら数百万円もするのだ)
お母さん達は、直樹オジさんのマンションに押しかけ、契約が切れる日まで、部屋の中を物色したが床の隙間や箱の中、CDケースや古いファミコンカセットの箱からも、お宝らしきものは見つからなかった。
しまいにはお互いに「本当はもう見つけたのに隠していないか」とまで言い出したので、私は「それはきっと、もう無いんだよ。直樹オジさんは保険に入ってなかったようだから、高額な医療費を出すために使ったに違いないよ」と出まかせを言って二人を止めた。
「そうかも知れないな。あいつは勉強はできたけどバカだったから自分が病気になるとは思わず、保険にも入っていなかったんだろう」
智蔵オジさんは、どこかのアヒルが聞いたら喜ぶような事を言って溜息をついた。
「でも直樹は癌じゃなくて、太りすぎての心筋梗塞だと聞いたけど・・・」
お母さんはなおも納得できないようだったが、元々期待していたお宝でもなかったのであきらめた。
それにしても直樹オジさんが、私と和君に残そうとしてくれたものは何だったんだろう。
お宝なんていらないが、私は小さい頃に直樹オジさんから頭をなでられた事を思い出し、その残してくれた物を見つけられないでいる事をすまなく思った。
ところがある日、その謎がすんなり解けたのだ。
いつものように大学から通勤電車で家に帰る途中、ふと衝撃的な会話が聞こえてきたのだった。
「この頃、エノーラウィンストンを見かけないね」
「その事で言えば、世界に一つのフランクミステリーも消えたそうな」
見ると、同じ大学に通う学生のようだった。
話したこともない人達だったが、私は思い切って声をかけた。
「そ、そのエノーラウィンストンとは何ですか?」
横にいた女子大生から急に大きな声で尋ねられたので、見るからにオタクっぽい大学生達は驚いたようだが、なんとか取り直して教えてくれた。
「ゲ、ゲームの中のキャラです。エノーラは“惑星ディアマンテ”の、フランクは“世界に一つの聖域”の中で活躍するスーパー・プレイヤーです」
聞けば、フランク・ミステリーとエノーラ=ウィンストンとはオンラインゲームのスーパーヒーロー、ヒロインでゲームの中では神のような存在だったのだが、このところ姿を見せなくなったのだそうだ。
課金制のゲームで無料でも遊べるが、他の人から名を知られる様なヒーローやヒロインになろうとすると、かなりの資金をつぎ込まなければならない。まして他のプレイヤーから神のように崇められるスーパースターになるには数百万円は投じなければならないだろうということだった。
と、すると直樹オジさんが私達に残してくれた物とはゲームの中のキャラ?
私がオタク達に全てを話すと、彼らは「なるほど。エノーラが消えたわけが良く分かりました」と言い、最後に「もし、二代目エノーラを継がれるのでしたら、何ヶ月か別のキャラで練習してから参戦してやってください。エノーラはみんなのあこがれの存在ですから」と、言って深々とお辞儀した。
直樹オジさんの人生っていったい・・・。
『あいつは、小さい頃から勉強はできたけどバカだったからなあ』という智蔵オジさんの声が頭の中で響いた。
( おしまい )
遺産 カツオシD @katuosiD
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます