ホラコ茸

カツオシD

ホラコ茸

ホラコ茸は幻のキノコだ。

 キノコ図鑑にも載っていないが、その地方の人々はよく知っている。


 ある時、雑誌で森の露天風呂を紹介する企画があり、カメラを手に山道を歩いていたところ、斜面のあちこちから顔を出していた。

 見た事もないキノコだが、肉厚で美味しそうだったので少し採取した。


「おやまた珍しいものを・・・これはホラコ茸。別名、幸せのキノコと言うんじゃわ」

 宿の主人がしきりと感心しているので、そんなに美味しいものかと思ったら、一種の毒キノコだと言うではないか。

 がっかりして捨てようとすると、「もったいない」と止められた。


 なんでも今の村人は食べないが、言い伝えがあって・・・、

 死にたくなるほど人生を退屈に感じた人がこれを食べると、あら不思議!

 すべてが新鮮な気分で満たされるのだと言う。


 だとすると幻覚作用があるんじゃないかと聞くと、そんなものはないと首を振る。

「これは霊的な物で、その昔・・・」主人は、龍神池の神様がどうのこうのと説明を始めた。

 長くなりそうなので途中でさえぎり、とりあえず持って帰る事にした。


 実は俺自身、最近死にたくなるほど人生を退屈に感じていたのだ。


 雇われ記者で低収入。仕事の依頼はつまらないものばかり。

 倦怠期を迎え、別居中の妻とは近く離婚の予定。

 テレビを見ても映画を見ても、楽しいものは何もなかった。


 もしかすると、そんな俺の心を読んで龍神様がこのキノコを与えてくれたのではないだろうか。

 俺にはそんなふうに思えたのだった。



 誰もいないマンションに帰り、明かりをつける。

 見回すと、このところ掃除も片付けもできていない部屋は乱雑に散らかっており、足の踏み場もなかった。


「幸せのキノコか・・・」

 俺は試しに、お昼のインスタントラーメンにひとかけらを放り込んだ。

 しばらくは何の変化もなかったが、ふとテレビの番組を面白く感じている事に気が付いた。

「なるほど、そういうものか」

 俺は残りのキノコをすべて調理して食べた。


 と、不思議な事が起こった。

 何百本も積まれた映画のDVDのどれもが、新鮮なタイトルに思えて来たのだ。

 DVDの一つを手に取り、久々に観てみると、その面白い事!

 俺は夢中になって2、3本を立て続けに観、感動と心地よい疲れに満たされた。


 してみるとホラコ茸とは、昔の感動をそのまま再現してくれるキノコなのだろうか。

 試しにコミックやライトノベルを読んでみると、その推測の正しさが立証できた。

 どの本も始めて読むワクワク感に満ちていたのだ。


「これは本当に龍神様の贈り物に違いない」

 すっかり楽しくなった俺は、どこかのスナックで一杯やり、新しい人生の門出を祝う事にした。

 

 が、勢いよくドアを開け過ぎた為、ちょうど歩いてきた見知らぬ女性を弾き飛ばしてしまったのだった。

「こ、これはどうもすみません」

 慌てて女性を助け起こそうとした俺は、その美しさに一目ぼれしてしまった。

 こんな人が同じ階に住んでいたのか・・・まさしく運命の人に違いない! 

 俺はそう直感し、「どなたかは存じませんが、お詫びに食事でもいかがですか?」と、日頃はあまり言わないセリフを口にした。


 その途端・・・、


「自分の女房の顔も忘れたんかい! ボケ~ッ」

 と、強烈な蹴りを入れられてしまった。


 どうやらホラコ茸は、単に記憶を飛ばすだけの毒キノコだったようだ。



     ( おしまい )


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