第六話 父さんな、ぶったぎりしたんだ……

  所長とジャンロベールは互いに目配せすると、所長は呪文を唱え、ジャンロベールは足音も立てずにイゼルへと向かう。

対するイゼルは呪文を唱え、魔法を解き放つ!


エターナルフォースブリザード氷極限魔法!」


 これこそ、氷の極限魔法! 原子の動きそのものを止めてしまう絶対零度の威力を秘めている。

 魔法が迫るが、ジャンロベールの動きは止まらない。彼は信じているのだ。所長ならばこの魔法に対処すると。


 ジャンロベールの予想に違わず、所長が動きをみせる。


「ふむ。極限魔法を絶対と思わぬことだ」


 所長は手を前に突き出すと、力ある言葉を唱える。


滅びのバーストストリーム炎最上級魔法


 以前ダスティが使用した炎系最上級魔法を解き放つ所長だが、イゼルは余裕の笑みを崩さない。

 最上級魔法では極限魔法を打ち消すことは叶わない。


 だが、


滅びのバーストストリーム炎最上級魔法

滅びのバーストストリーム炎最上級魔法


 所長の三本の指に豪炎が舞う。彼が指をクイと折り曲げると三つ地獄の炎が、エターナルフォースブリザードに向かう。


「なに!」


 イゼルの顔が初めて驚きに変わる。何だこれは? 最上級魔法の三連同時撃ちとは!

 魔法とは原則単発での発動が常で、ただの光を灯す魔法であれ、魔法の同時発動をイゼルはこれまで見たことがない。


 ジャンロベールは所長の非常識魔法が背後より飛んでくるのを、達観した顔で見送る。


「所長はこれがあるから恐ろしい……」


 ジャンロベールは独白し、地獄の炎が永遠の氷結魔法を打ち消すのを眺める。


「今だ! ジャンロベール!」


 所長の枯れた声が響くと同時に、ジャンロベールはイゼルに斬りかかる!

 動揺したままとは言え、さすがは魔王の右腕と呼ばれるイゼル。彼は拳から生えたかぎ爪でジャンロベールの剣を防ぐ。


「ははは! 俺の剣を防ぐとはさすが魔王の右腕!」


 ジャンロベールは禿げ上がった頭を輝かせながら歓喜の声をあげる。


「久しい」

 

 ジャンロベールは独白する。俺の初撃を防ぐ奴が現れるとは。


 力を込め、気合いと共にジャンロベールはバックステップからさらに剣で追撃する。

 体勢を崩しながらもイゼルは反対側のかぎ爪で彼の剣をいなすが、表情は驚愕で固まったままだ。


「イゼルよ! 降参したほうが身の為だぞ」


 所長がイゼルに投降を呼びかける。魔王の右腕を相手にしても、この二人にとって何も問題なかった。彼らの実力は一人でもイゼルを凌いでいたのだから。


「お前たちは何者なのだ? 勇者なぞお前たちに比べれば赤子のようなものではないか!」


 イゼルは憤慨するが、状況は変わらない。彼ら二人の実力は圧倒的。自分では敵わないと悟る。

 イゼルはこれまで、魔王親衛隊を退けた選りすぐりの勇者と幾度か戦ってきた。勇者達はいつも四人以上でイゼルに挑んだものの、イゼルが脅威を感じることは無かった……それが、この禿げと鄙びた中年コンビに敵わないとは。


「ふむ。年季と愛のパワーのお陰だな」


 所長がニヒルに決めるが、貧相な見た目の為全く似合っていない。


「……」


 絶句するイゼルは降参のポーズを取る。


「所長、物凄く嫌な予感がしますね」


「ああ。そうだな。勇者養成所には闇がありそうだ」


 ジャンロベールは常々不思議に思っていた。何故、ベテランの加齢臭漂う者を勇者パーティに加えず、あのような子供達を使うのか?

 一度や二度の失敗ならまだ分かる。しかし、同じ事を繰り返している。

 勇者でなければ魔王を倒せぬ理由があるのなら、魔王をハゲしくベテランで押さえ込み、勇者にはとどめだけ刺させればいいのだ。


 おかしいと彼が確信したのは、魔王の右腕の弱さにある。これくらいの実力ならば「勇者養成所」で大挙して押し寄せれば容易く滅ぼせるだろう。魔王は別格かもしれないが、このイゼルだってこれまで勇者に敗れたことは無い。勇者が魔王に挑んだ事もあったが、その際は魔王の右腕に運良く出会わなかっただけと聞いている。


 ジャンロベールらの常識では、魔王の右腕イゼルとて絶対強者。勇者以外では打倒出来ぬと認識していた。


「ジャンロベール君。魔王に会うか」


「そうですね。その後、養成所に戻りますか。所長、養成所の組織ってどうなってたんでしたっけ?」


「魔王養成所は王国直属の組織だ。私が現場を仕切ってはいるが、上には部長や社長、ひいては国王が存在する」


「なるほど。何か知ってるとしたら、部長いや、社長より上の人間ですかね。部長には所長が何度も会ってるでしょうし」


「そういうことだ」


 二人は呑気に帰ってからの事を考えているが、彼らは既に魔王に脅威を感じていなかった。まあ、イゼルより少し強いくらいじゃねと軽く考えている。

 彼らは気絶した勇者達を担ぎ、イゼルに魔王の元まで案内させる。




 魔王は山羊の様な二本の角が生えた幼女だった……


「所長……こんな幼い子が戦えるとは思えませんが」


「うむ。戦えと言われても私には無理だ」


 ジャンロベールと所長は幼女魔王を見つめそう漏らす。


「こどもあつかいするなー。わらわはまおうぞ」


 こらあかんわ。と二人の思いは一致する。


「飴食べるか?」


 ジャンロベールは幼女魔王に優しく問う。


「わらわをたべものでつろうたってそうはいかぬぞ、このはげー」


 ヨダレをダラダラたらしながら、幼女魔王は強がるが、ジャンロベールが出したペロペロキャンディーに目が釘付けになっている。


「ダメだ。話にならん。飴食べとけ」


 ジャンロベールは幼女魔王の口にペロペロキャンディーを突っ込み、イゼルに向きなおる。


「イゼル。魔王って戦えるの?」


「いや、魔物は生み出せるが……」


「勇者と戦ったってのもデマかよ!」


「勇者か、たまに来るが……魔王様の元へ辿り着いた者はいない」


「だいたい予想がついて来たぞ。イゼル。人間とやり合う気持ちもないだろ?」


「攻めてくれば応じるが……」


 イゼルは困惑した様子でジャンロベールに答えた。


「所長。勇者達は此処へ置いていきましょうか。街の方が危険みたいです」


「そうだな。ビシッと社長を締めてやるか……」


 二人は暗い笑みを浮かべ、魔王を利用して荒稼ぎしてるだろう王と社長をどうしてやるか考えを巡らせている。


「イゼル、魔王。俺たちがこれから、人間が攻めて来ないように、奴らに肉体言語で語って来る……」


「はげー。かおがこわいぞー。あめはおいちー」


 魔王は何の事か分かってないらしく、無邪気にジャンロベールのハゲ頭を見て喜んでいる。


「イゼル。勇者達を頼むぞ」


「あ、ああ。此方こそ頼む」


「任せておけ!」


 敵は王都に有り!

 二人は怒りが湧き上がるのを抑え、社長と王の元へと向かう。



◇◇◇◇◇



 そして二人は無理矢理王城に踏み込むと、襲いかかる兵士を気絶させ、ついに社長と王を発見する。


「王! 社長! どういうことだ?」


 ジャンロベールは王と社長に凄みのある声で問う。彼の隣では所長が、指をバキバキと鳴らしている。


「いきなりなんだね?君達は」


 社長がとぼけるが、ジャンロベールと所長の怒りはもう抑えが効かない状態だ!


「これまで何人も幼女魔王に勇者を差し向けて、殺しておいて知らぬ顔とはどういうことだ?んー?」


 ジャンロベールの追求に王の顔が青ざめる。


「ち、違うんだ!」


 社長の方は言い訳をしようとするが、ジャンロベールの鉄拳を喰らい伸びてしまう。


「さあ、王様。年貢の納め時だぜ?」


「ひいいい。社長が儲かるからと言って!許してくれー!」


「ふむ。ジャンロベール君。そこまで言うなら考えようじゃないか」


 所長が嫌らしい笑みを浮かべジャンロベールを遮る。


「所長ー」


「いいですか? 王よ。あなたの一人娘をいただいて帰ります」


 所長の提案という名の強制は、勇者召喚をしている元凶の王女をさらうことだった。


「王女だけは、頼む。そなたらも子供を持つ身。余の気持ちも分かるだろう?」


「分かるからこそですよ」


 ニヤアと所長は暗い笑みを浮かべる。

 お、鬼だ! この人! とジャンロベールは思うが、王を擁護する気はさらさらない。


 そして、ジャンロベールと所長は元凶の王女をさらい、魔王城へ帰還する。



 彼らは起きてきた勇者達に事情を説明し、これからは魔王城で暮らすことを提案する。

 今後人間が攻めて来るかもしれないが、その時はジャンロベールらと魔王親衛隊で防衛する。

 また王と社長の所業を街で広め、魔王に悪意はない事も伝えていくと、魔王とイゼルと約束を交わした。


 こうして、ジャンロベールと所長の「勇者」のやられ役の仕事は終焉を迎えたのだった……



 ぶったぎりえんど……

 お読みいただきありがとうございました。酷い最後ですいません。

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父さんな、勇者のやられ役やってるんだ…… うみ @Umi12345

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