第五話 息子が恋しちゃったみたいなんだ
勇者達が去ってからも、白虎ことジャンロベールは焼けたお尻の痛みに呻いていた。
急ぎ回復魔法をかけて全身を癒し、元の姿に戻る。
「こ、これは……」
あの魔法は所長直伝だろう。息子を鍛えてくれてありがたいが、鍛え過ぎだよ! ジャンロベールは頭を抱える。
彼も彼で所長の娘カーテをこれでもかというほど鍛えていたのだが……お互い、やり始めるとトコトンやるタイプだったらしい。
「勇者養成所」に戻ったジャンロベールは、所長の部屋で彼に苦言を呈する。
「所長! いつの間にダスティを鍛えていたんです?」
「ああ、娘を鍛えて貰っていたからね。お礼だよ」
朗らかに微笑む所長だったが、貧相な顔立ちもあって、笑顔でも魅力が全く感じられない。
それにしても最高位火炎魔法まで教えることはないだろう。ジャンロベールは頭を抱える。
「所長、火炎魔法だけですよね?」
「……あ、ああ」
絶対違うぞ! これ! ジャンロベールはそう確信する。
「所長ー!」
「あ、安心してくれ。極限魔法は間に合わなかった」
極限魔法は最高位魔法のさらに上位に位置する究極の魔法で、ごく一部の者しか使いこなすことは出来ない。
ジャンロベールの前にいるこの鄙びた男は例外にあたる。
いくら鍛えたジャンロベールとは言え、極限魔法を喰らえば……死にはしないだろうが大怪我する。
「あの可愛かった息子が……」
ジャンロベールは独白し、「勇者養成所」を後にする。
「ところでジャンロベールくん。頭が凄いことになってるぞ」
所長がジャンロベールに手鏡を手渡すと、彼の左右の髪がチリチリになっていた……禿げ上がった部分に変わりはないが。
余りのショックに髪が抜ける思いをしたジャンロベールだったが、自宅に帰るとさらなる頭痛のタネが襲いかかるのだ……
◇◇◇◇◇
「父さん、俺、勇者パーティから抜けないことにしたんだ」
自宅で息子がとんでもないことを言い始め、ジャンロベールはひっくり返る。
「な、なんだってー!」
「養成所も抜ける。辞めないと勇者パーティに居られないからさ」
「なんだってー!」
何だ、何が起こったんだ! ジャンロベールはひっくり返ったまま、汚らしい脚を振り回す。気持ち悪い。
「俺さ、ミカンを死なせたくないんだ。だから、俺も最後まで手伝う」
「ミカンって? 食べ物?」
「何言ってんだよ。父さん。ミカンは勇者だよ」
「なんだってー!」
勇者の名前さえ知らなかったよ!
「あとさ、魔法使いも入れないと」
「抜けたのか? あのキザな男」
「ああ。俺の魔法見て自信喪失したらしい」
「ま、まあ、あれ見たらなあ」
ここにも所長の修正による犠牲者がいたのか。魔法使いの青年よ、さらばだ。ジャンロベールは黙祷する。
合わせて彼はイケメンは爆発しろとも願った。
しかしこれは問題だぞ。魔王討伐を達成した勇者は未だ居ない。何とかせねば愛する息子を失ってしまう。
ここは所長も焚き付けて、魔王対策を練るしかない。俺一人ではどうにもならんからな。
ジャンロベールはそう心の中で独白し、就寝する。
◇◇◇◇◇
ジャンロベールは再び所長の部屋まで来ていた。しかし、これから話す案件は「勇者養成所」内だといろいろまずい。その為、彼は所長と人気の無い街の外にまで移動する。
「所長、うちの息子がどうも勇者にお熱なようで」
「なんだってー!」
「いや、もうそれはいいですって。それで、所長に相談なんですけど」
「何かね?」
「魔王って俺たちで何とかならんのですかね?」
「ほう」
所長は鄙びた顔に似合わないどう猛な笑みを浮かべる。
「俺たちで魔王討伐しちゃえません?」
「ふむ。魔王には魔王親衛隊がいるが……まあ奴らは問題ないだろう」
魔王には直属の魔王親衛隊という部隊が存在する。奴らは稀に勇者に倒されて死亡するが、いつの間にか元の数に戻っている。実力はジャンロベールが演じる四天王最強炎のビビカンテより若干強い。
特に魔王の右腕と呼ばれるデーモンロード「イゼル」はこれまで勇者に倒された事がない。
予想ではあるが、魔王は「イゼル」より強いだろう。
「イゼルとやりあってみます?」
「奴に勝てないようでは魔王にも敵わんだろう。ジャンロベール君。問題は一つだ」
「何でしょう? 所長」
「勇者養成所に悟られぬよう、イゼルを葬らねばならぬ。私たちが手を出したとなると問題になるかも知れん」
魔王の右腕は「勇者養成所」の考えによると、勇者が魔王を討伐する為の「超えるべき壁」と認定されている。
それゆえ、イゼルを「間引く」ことは禁止されている。
「勇者が倒せば問題ないんでしょう?」
「まあ、そうだが。考えがあるのかね?」
「任せて下さいよ。所長」
そう言い残し、所長と明日この場所で会う約束をしたジャンロベールは、意気揚々と明日の準備に向かう。
――翌日
カツラを被り、ミニスカートを履いた中年が所長の前に現れる。
「は、吐きそうなんだが……ジャンロベール君」
「え? 何で分かったんです?勇者に化けてみたんですけど」
「それを勇者に言ったら串刺しにされるよ。ジャンロベール君!」
「はあ。変装作戦は失敗でしたか。仕方ありません。勇者パーティを魔王の右腕イゼルの元へ向かわせましょう」
「危険だが仕方あるまい」
二人は愛する子供達の顔を想像し、大きなため息をつくが、勇者パーティにイゼル討伐に向かうよう指示を出した。
◇◇◇◇◇
イゼルの元へ向かう勇者パーティに魔王親衛隊の何人かが、襲いかかろうとするものの、事前にジャンロベールと所長が殴り倒し黙らせる。ここで彼らが注意すべきことは、勇者パーティに気が付かれない事と、魔王親衛隊を抹殺しない事だ。この二点が「勇者養成所」にバレるとよろしくないことになるからに他ならない。
彼らの暗躍があり、勇者パーティの三人は無事「魔王の右腕イゼル」の元へ辿り着く。結局もう一人メンバーを加えることなく勇者パーティはここまで来てしまった。
とはいえ、勇者パーティの戦力は勇者が初心者であるものの過去の勇者パーティと比べても上位に入る実力を保持している。全てはジャンロベールと所長の修行のお陰なのだが……
「あれが、イゼル」
ダスティことリオが部屋の奥に佇むデーモンロードを指さす。デーモンロード「イゼル」は、身長四メートルほどの巨体を誇る悪魔で、紫色の肌に捻じれた二本の角。口からは大きな牙が二本生えており、背中には黒い大きな翼を備えていた。
勇者パーティがイゼルを発見したことを確認した、ジャンロベールと所長は迅速に勇者パーティに手刀を当て気絶させるとイゼルと対峙する。
「さて、イゼル君。おねんねの時間だぜ」
ジャンロベールは頭を輝かせながらニヒルな笑みを浮かべ、イゼルに言い放つ。
「ほう。たった二人で我に挑むか。たかが人間が……」
対するイゼルは中年親父達を小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「では。とっとと沈んでもらいますかね」
ジャンロベールが呟くと、所長も「うむ」と彼に応じた。
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